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「五輪に行きたいから結婚を諦める」風潮 陸上・寺田明日香が5歳の娘と共に戦う理由

「娘がいなかったら競技はもうやっていなかった」という【写真:本人提供】
「娘がいなかったら競技はもうやっていなかった」という【写真:本人提供】

母になったから続けられた競技「娘がいなかったらもうやっていなかった」

 実際、「ママアスリート」になると、何が大変なのか。第一に直面したのが「ママ」としての子育てだ。

 まさかもう一度、競技に戻るという想定はしていなかった。保育園に預けておらず、3歳になる頃に入園するのは難しかった。寺田の実家は北海道で遠く、母を呼び寄せることも困難。「そうなると、主人と主人の実家に頼るしかなかった。主人と主人の母に交代で見てもらい、本当に助かりました」とサポートに感謝する。

 競技に専念する環境は整っても、肝心な「アスリート」の体を取り戻すことは過酷だった。寺田の場合、陸上競技を引退して2年半。高い運動負荷から離れたばかりか、その間に妊娠・出産を経験している。「走る」「跳ぶ」という基本的な動作すら、感覚はまるで違った。本人は「以前の現役当時の動きは全く覚えてないくらいでした」と表現する。

「産後半年で陸上教室があり、ちょっと走った時はもう全く走れず、一般の方より遅いくらい(笑)。そんな状態からラグビーを始め、合宿もあって、代表のメンバーと同じように動かないといけないのはすごくつらかった。特に体重も減っていて、当時は168センチで47キロしかなくて、体重を増やしたり、体を作ったりしていく作業は過酷でした」

 もちろん、家事すべてを家族に任せることはできない。練習が終われば、母としての仕事も待っていた。子育てと選手の両立で最も大変だったことを聞くと「自分が疲れていても、やらなければいけないことがたくさんあること」を挙げた。

「自分が思うように動ける時間は、練習の時間しかない。それは、やっぱり大変でした。すごく疲れている日は独り身だったら、お風呂に入ってもう寝るという感じでいいけど、家族がいるので、一緒にお風呂に入る、歯磨きをする、部屋が散らかっていたら片付ける。競技に加えて、そういうことまで考えないといけないことは大変でした」

 大きな怪我の影響もあり、2年間で7人制ラグビーは断念。しかし、アスリートとしての思いは消えることなく、陸上競技に復帰すると決めた。夜に娘が熱を出せば、朝に練習があっても病院に走る。「アスリート」という肩書がつくから、世の母親たちがやっている仕事がなくなるわけじゃない。

 ただ、プラスになることもあった。男性アスリートが「守るものができた」と言い、存在をモチベーションに変えるように、女性アスリートの寺田も子供がいるから強くなれた瞬間が何度もある。

「大変だったけど、娘がいなかったら競技はもうやっていなかったと思います。娘がいることで競技に対する取り組み方が変わった。例えば、練習で上手くいかなかった時の対処法とか、『上手くいかないなら、私が変わればいいんじゃないか』と、以前より良い意味で適当になれる部分が増えた。それは子供がいなかったら、私の中では生まれなかった感覚なのかなと思います」

 それを証明したのが、昨年9月。富士北麓ワールドトライアル2019で12秒97を記録した。これは日本新記録であり、自身が19歳でマークした自己ベスト(13秒05)も10年ぶりに塗り替えた。結婚・出産、他競技挑戦を挟んでの快挙は陸上界を驚かせた。

 自らを実験台にするようにして挑戦している女性アスリートの結婚・出産の問題。寺田自身は結果を残し、海外では子を持ちながら活躍する女子選手はざらにいるが、日本はいまだに「結婚・出産を選択するなら引退」「現役を選択するなら結婚・出産は引退後」という二者択一の価値観が強い。こうした現状を当事者として、どう見るのか。

 寺田は「部活」という競技体系を例に挙げ、率直な思いを口にする。

「例えば、部活内で恋愛禁止、男女間のコミュニケーション禁止という風潮が割とあるので、そこから女性アスリートが誰かと付き合う、結婚するという話になると『競技以外に目を向けている暇があるんですか?』とみられる空気感は少しあったし、私自身も感じていました。ただ、そこを飛び越えて結婚、出産を経験してみると、応援してくださる方も多かったです。だからこそ、学生のカテゴリーから女性がライフステージを変える時の空気感を変えていければ、もっと女性アスリートは増えると思うんです。

 日本では『子供を妊娠・出産する、その後に復帰する』という女性アスリートのプロコトル(手順)のようなものがまだ作られていないし、クローズドにされがちな部分。サポート面においても、私も保育園に入れなかったし、子供を安心して預けられる環境がないとやっていけないもの。今までのママアスリートだったら親を呼び寄せて引っ越してもらい、一緒に住むという方が多かった。社会全体でサポートしていただけるような空気感になっていけば、もう少しやっていきやすくなるのかなと感じています」

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