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「なぜ日本より弱いリーグに」― UAE挑戦、塩谷司が貫いた「成長は自分次第」の信念

忘れられない大学3年の経験、父が急逝「もう一回、頑張ろうというきっかけに」

「自分で厳しい場所に飛び込んでいく。すると当然、周りのレベルが高い。でも、そこにいることで自分も高められるから。僕も学生時代はよく文句も言ったけど、やることはやっていた。ボールを使わずに走るだけという日は『そんなの意味ないよ』と思いながら、ちゃんと設定タイムは切る。結局、自分を成長させるのは自分自身かなって」

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 ただ、今こうして胸を張れるのも、大学3年生の忘れられない経験があるからだ。国士舘大進学後、思うように試合に出られず、腐りかけていた。そんな折、最愛の父が急逝。3兄弟の弟2人は大学1年生と高校1年生。母に負担がかかる。何でもいいから働いて弟を大学卒業させよう――。「もう、大学を辞めます」と大学側に伝えた。

「試合も出てなかったし、家庭の事情もある。『やり切ったので悔いはないです』と言ったら『大学にできることはサポートするから』と。試合に出てない選手にそこまで言ってくれるのは嬉しかった。その時にもう一回、頑張ろうというきっかけになった。これは、なんとかしなきゃいけないって」

 小中学生の頃は県レベルの選手で、大きな舞台は経験していない。高校では徳島商で全国選手権を2度経験したが、全国的には無名の存在。そんな選手が一歩ずつ階段を上がり、世界の舞台で戦うまでに成長した。決して順風満帆ではなかったサッカー人生。今、振り返ると、どんな記憶が思い浮かぶのか。

「報われない時間の方が長かったけど、それを忘れちゃうくらい幸せな瞬間がある。広島でリーグ優勝したこと、クラブW杯に出たこと、日本代表でゴールを決めたこと……。報われない時間より、報われた瞬間があまりに大きすぎた。それも、いろんな支えがあってこそ。だから、僕は恵まれている方だと思う」

 自身のキャリアを巡る選択について惜しげもなく語ってくれた塩谷。最後に、同じようにスポーツの第一線で活躍することを夢見る次世代の若者たちへメッセージを問うと、少し照れくさそうに笑いながら、思いを込めた言葉を口にした。

「向上心を持ち続けることかな。そして、その競技を全力で楽しみ続けること。僕もやっとサッカーを本当に楽しめるようになったけど、僕にも楽しめない時期がたくさんあった。心のどこかでサッカーが好きという気持ちがあっても、なあなあになってしまったから。それは凄く後悔している。今思うのは、スポーツを楽しむこと。それが成長するための一番の手段じゃないか」

 UAEに挑戦し、30歳にして今なお、成長を止めることがない塩谷司。夢は広がる。「なんとか頑張って30歳までと思ってプロに入ったけど、欲が出る。40歳までやりたいって」。飽くなき挑戦心を持つ男の言葉は、未来を切り開こうとする者の力となる。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

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