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Jリーグ札幌が「インバウンド」に力を入れる理由 東南アジアのスター獲得で実感した地域への還元

2017年に獲得して18年に札幌に完全移籍した「タイの英雄」チャナティップ。彼の成功の裏にはレ・コン・ビンという先行事例があった【写真:宇都宮徹壱】
2017年に獲得して18年に札幌に完全移籍した「タイの英雄」チャナティップ。彼の成功の裏にはレ・コン・ビンという先行事例があった【写真:宇都宮徹壱】

シティとしての「SAPPORO」を認識させたレ・コン・ビン

 ベトナムの英雄、レ・コン・ビンの札幌への期限付き移籍が発表されたのは、2013年7月22日のこと。初のベトナム人Jリーガーの誕生であった。この2013年という年は、札幌の新社長に野々村芳和が、そしてGMに三上大勝が就任している。

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 すでにJリーグでは、アジア戦略が走り出していた。ASEAN諸国に目を向けるJクラブがほとんどない中、最も強い関心を示していたのが札幌。当時はJ2所属で、使える予算も今ほど多くなかったものの、新社長の野々村は「クラブが潰れない程度に、さまざまなトライをしていこう」という方針を打ち出し、海外での放映権獲得やインバウンドの道を模索していた。そんな時「ベトナムからスーパースターを連れてきましょう!」と野々村に直訴したのが、三上だった。

「それまで、ベトナムの人にとってのSAPPOROって、地名ではなく『ビール』だったんですよね」と、三上は当時の状況を振り返る。

「2000年代にサッポロビールさんがベトナム国内に自社工場を作っていて、現地では『富裕層が飲むビール』というブランドイメージができていたんです。逆にシティとしての札幌は、意外と知名度が高くなくて『これでは観光に来てくれない』という声も聞こえていました。だったら、ベトナム最高の選手を獲得すれば、札幌市の知名度も上がると考えたんです」

 レ・コン・ビンは、移籍発表から1か月後の8月21日、愛媛FC戦でJリーグデビュー。リーグ戦で9試合、天皇杯で3試合出場し、それぞれ2得点ずつを挙げている。シーズン終了後、クラブ側としては契約延長を前提に考えていたし、レ・コン・ビン本人も日本で引き続きプレーすることに前向きだったと聞く。

 ところが、明けて2014年1月5日、一時帰国していたレ・コン・ビンが、古巣であるソンラム・ゲアンのユニフォームを着ている報道をネットで見つけ、三上は愕然とする。かくして、札幌での最初のインバウンドの試みは、あっけない形で終わった。

 果たしてレ・コン・ビンは、札幌に何をもたらしたのだろうか? 10年前のチャレンジの結果について、三上の総括は前向きなものであった。

「これは大手広告代理店のリサーチ結果ですが、レ・コン・ビンが来日して半年後、ベトナム国民の98%が『SAPPORO』をシティだと認識するようになったそうです。J2での彼のプレーだけでなく、札幌での生活や食事、観光スポットといったものが現地にも伝わって、それがインバウンドにつながっていく。我々にとっても、フットボールクラブがこのような形で、地域に還元できることを多くの人たちに知ってもらえる機会となりました」

 ちなみに2013年12月、東京で開催されたASEAN特別首脳会談では、当時の安倍晋三首相がベトナムのチュオン・タン・サン国家主席に「貴国のスター選手が日本で活躍をしています」と語ったと伝えられる。外交の場でJ2の外国籍選手が話題になったのは、これが初めてだろう。

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宇都宮 徹壱

1966年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追う取材活動を展開する。W杯取材は98年フランス大会から継続中。2009年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞した『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)のほか、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』(カンゼン)、『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)など著書多数。17年から『宇都宮徹壱WM(ウェブマガジン)』を配信している。

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