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「五輪金メダルと東大」を生んだ柔道部 弱かった大野将平の才能を見抜いた恩師の神髄

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など、五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。柔道では、活躍した選手の恩師の育成法をクローズアップした短期連載を掲載。第4回は男子73キロ級で連覇を達成した大野将平(旭化成)。柔道界に君臨する最強の戦士の礎を築いたのは、恩師の持田治也氏(世田谷学園柔道部監督)だ。数々の五輪金メダリストを輩出した柔道私塾・講道学舎(東京・世田谷区、2015年閉塾)で鍛え上げ、内股と大外刈りを伝授し、世界で闘えるたぐいまれな精神力を育んだ。とはいえ、初期は“弱すぎた将平”。名伯楽は大野の才能をいかに見抜き、心技体を伸ばしたのか。(取材・文=THE ANSWER編集部)

男子73キロ級で五輪連覇を達成した大野将平【写真:AP】
男子73キロ級で五輪連覇を達成した大野将平【写真:AP】

「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#23

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など、五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。柔道では、活躍した選手の恩師の育成法をクローズアップした短期連載を掲載。第4回は男子73キロ級で連覇を達成した大野将平(旭化成)。柔道界に君臨する最強の戦士の礎を築いたのは、恩師の持田治也氏(世田谷学園柔道部監督)だ。数々の五輪金メダリストを輩出した柔道私塾・講道学舎(東京・世田谷区、2015年閉塾)で鍛え上げ、内股と大外刈りを伝授し、世界で闘えるたぐいまれな精神力を育んだ。とはいえ、初期は“弱すぎた将平”。名伯楽は大野の才能をいかに見抜き、心技体を伸ばしたのか。(取材・文=THE ANSWER編集部)

 ◇ ◇ ◇

 講道学舎は、中学・高校一貫指導の全寮制の柔道私塾だった。1964年東京五輪の柔道競技で、初めて外国人選手(アントン・ヘーシンク=オランダ)に敗れたことに危機感を強めた初代会長の故横地治男さんや財界人が、本来の日本柔道を取り戻すべく76年に設立した。大道場には、嘉納治五郎師範の最後の書が飾られ、食堂、トレーニングルームを備えた。ジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻が訪れるなど、海外から著名人の来賓も多かった。バルセロナ五輪金メダルの古賀稔彦さんや、吉田秀彦、瀧本誠など名だたる柔道家を輩出した。

 大野は、先に講道学舎の門をたたいた2つ上の兄の背中を追って、故郷山口から上京。小学校6年生のときに、講道学舎の入門試験を受けた。当時の体重は、50キロほどと細く、試験の成績は振るわなかった。見かねた兄は道場に来ていた母に向かって言った。

「恥ずかしいから連れて帰れ!」

 持田氏は首を縦に振らなかった。「バカ言うなと。泣きながらでも試合を続けていることが大事なんだ」。大野は9人の同期と、入門を許可された。

 この日がなければ、今の大野の姿はない。「彼と初めて会ったときのことを思い出して、こんなふうに2度も五輪を経験するような選手になるとは思っていなかったし、巡り合わせに感謝をするとともに、不思議な感覚を覚えているのが正直なところ」と持田氏は感慨深げに語る。

 いかにして“ダイヤの原石”大野の将来性を見抜いたのか。

「私たちは、泣きながらでも取り組みをやめない子に対しては、当然、何か手伝えることがあるというふうに思っていました。強い弱いだけが適性ではない」

 母の前で涙を流しながらボロボロになっても挑戦することをやめない。小さな可能性の芽を摘み取ってしまうことは、持田氏の信条に反していた。

 大野はその後も、何度も壁にぶつかった。中学3年になる手前、大野にとってターニングポイントになる出来事が起こる。

 持田氏は大野をキャプテンに指名した。当時、大野の位置は同期のうち真ん中か下から数えたほうが早かった。名門・講道学舎の主将は何より、実力が評価される。

 だが、そのころ、持田氏はすでに大野の能力をはっきりと見抜いていた。

「彼が相手と乱取りをしたり、練習する中での取り組み方、そこがやはり、他とは違かった。まず一番下でレギュラーに入っていなかった大野が、それでも頑張って、当時6番目くらいに上がってきたとき、私が大外刈りと内股という1つの材料を与えました。本来、体力がある者がやりがちな内股と大外。

 いわゆる大技と言われるものをやりなさいと指示を出したとき、たいがいの生徒は無理だからと自分で判断する。新しい技に取り組むと、一時的に弱くなる。私との距離を作って、自分のスタイルに戻そうとする選手がほとんど。それは甘んじて許すわけですけど、ところが、将平だけはそれをしなかった」

 内股、大外刈りは今や大野の代名詞。その習得過程で、同様の指示を受けたほとんどの選手が脱落する中、妥協なく鍛錬に打ち込む姿勢が、師の心を動かした。

「例えば、彼がチームの中でポイントゲッターの位置にいたら、それはさせなかったかもしれない。ポイントゲッターというのは、ある一定のスタイルがあって、それで投げられるわけですよね。だけど、将平は違った。彼は取れなくても仕方がないっていうくらい、小っちゃかったし、弱かった。だけど、キャプテンにした」

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