軽く扱われる「オランダとドロー」は「いや、あり得んて」 久保竜彦の衝撃、真っ先に漏れた日本代表2人の名前

ドラゴンがMOMに挙げた2人の名前
マン・オブ・ザ・マッチを選ぶとしたら、中村か鎌田、どっちかやね。
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中村はあのポジション(左WG)でね、やりきったわけやから。ディフェンスしなきゃいかんっていう、あの運動量の中で、あのキレが出るっていうのがすごいよ。(得点した)あのシュートなんかも、かなりパワーいると思う。
股抜きは(位置的に)絶対狙うんやけど。かなり、すごいよ。これだけ守ってからの。後半、やっぱちょっと(守備でマークが)離れ出したけど、そこも、この仕事(得点)してからの、あれやもんね。ずっと繰り返して。
鎌田はあそこでやっぱ(ボールが)落ち着く、タメができるけえ。鎌田と佐野も効いとったよね。
オランダ相手に、やけんね。(同組の)スウェーデンじゃないけんね。じれずに、ほんまにまとまってたよね。あんだけ持たれたら、イライラしそうやけど。1-2にされて、きつかった。「あー」と思ったけど、あれでも追いつく。
いやいや、やばいよ。オランダよ。簡単に(オランダと引き分けと)言うてるけど。でも簡単に言えるんやろな、もう。あり得んよ。強いチームのやり方よ、(同点までの)持っていき方が。アルゼンチンとか、そういう感じやん。
今回、代表戦をフルで見たのは、ほんま久しぶりだったんよ。だから(成長に)びっくりしたのが、2人おったよな。
■久保 竜彦 / Tatsuhiko Kubo
1976年6月18日生まれ。福岡・筑前町。筑陽学園高を経て、1995年に広島加入。日本代表・森保一監督(当時選手)とは7年プレーした。2003年に横浜F・マリノスに移籍し、リーグ連覇に貢献。1998年に日本代表デビュー。ジーコジャパンとなった2003年以降は日本人離れした身体能力と強烈な左足でエースとして活躍したが、腰や膝など度重なる怪我により、2006年のW杯ドイツ大会は落選。以降、横浜FC、広島などを渡り歩き、2014年に引退。J1はリーグ戦通算276試合94得点。日本代表は国際Aマッチ通算32試合11得点。引退後は山口・光市に移り住み、コーヒー焙煎や塩作りなど、異色のセカンドキャリアを歩む。2024年2月、初孫が誕生。最近の悩みは老眼。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)
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