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16年で1勝の野球イラン代表を強くした日本人 茨城球団GM、異色の歩みとアジアへの願い

タイと包括連携協定を締結。「自分たちで野球を普及・発展できる」ところまで成長することを願っている。【写真:球団提供】
タイと包括連携協定を締結。「自分たちで野球を普及・発展できる」ところまで成長することを願っている。【写真:球団提供】

「野球で大東亜共栄圏を完成したい」 望む未来の意図とは

 茨城アストロプラネッツでは、「僕らの身の丈に合った形」としてタイ野球協会との連携を始めた。今年2月に包括連携協定を締結している。「カッコつけて、でっかくやったって続かない」。タイの協会に求めているのは、茨城球団の支援に頼るのではなく、自立・自走できる体制作りだ。

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「僕らがいたことでタイ野球が自立してほしい。アストロプラネッツなんかいなくても、自分たちで野球を普及・発展できるようなフェーズ。そこまで来ることが、アジアの同胞に対して目指してる形です」

【あなたが望む世界の野球の未来】

 この質問に、色川GMは「野球で大東亜共栄圏を完成したいんですよ」と答えた。ギョッとする人もいるかもしれないが、他国を侵略したいわけでもなんでもなく、れっきとした意図がある。

「当時日本人がやりたかった本質は、しっかりインフラを作って自立できる同胞アジア人を作ることだった。アジアが植民地にあった時代に、日本は同胞が自立、独立してほしいと考えたのだと思います。

 我々の件に関しても、決してタイを侵略したいわけでも、タイの野球を僕らの傘下に入れたいというわけでもありません。タイの野球界が自立して、自分たちで戦える力を備えてもらう。その中で世界ランキングが上がっていく。その仕掛けをしたのは誰かというと、実は日本人が裏にいたんだよね、っていうこと」

 アジア各国で、野球がその地の人々によって普及し、競技レベルが上がっていく。そのための下地をアストロプラネッツで作る。誰も通らない道を歩んできた野球人・色川GMの仕掛けが、数年先のアジアの未来を変えているかもしれない。

■色川冬馬(いろかわ・とうま)/茨城アストロプラネッツGM

 1990年1月2日、仙台市生まれの33歳。宮城・聖和学園から仙台大に進学後、09年に米アリゾナのウィンターリーグに参加。その後もプエルトリコ、メキシコなどでプレーした。現役引退後にイラン、パキスタン、香港の代表監督を歴任。19年、独立リーグ出身者などによるトラベリングチームが米国を拠点に試合を行うトライアウトプログラム「アジアンブリーズ」を創設。20年10月に茨城アストロプラネッツのGMに就任した。現役時代のポジションは内野手。

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)




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