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タブーだった女性アスリートと恋愛 マラソン下門美春が「私の恋愛」を公にした真剣な理由【THE ANSWER Best of 2021】

次世代の選手へ「陸上も恋愛もやりたいことを貫いて」と下門さんは願う【写真:荒川祐史】
次世代の選手へ「陸上も恋愛もやりたいことを貫いて」と下門さんは願う【写真:荒川祐史】

「周りの声に負けないで、恋愛も陸上もやりたいことを貫いて」

 アスリートにはもう一つ、世間から持たれるイメージの難しさもある。特に、女性は清廉で無垢なイメージが先行しやすい。

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 例えば、恋愛に限らずメイク、ファッションに気を使うようになると「もっと競技に集中しろ」と反発を買う。加えて、世の中で言う「アスリート」とは爽やかさの象徴であり、「五輪のためにすべてを犠牲にして努力している人」とラベリングされがちだ。

 繰り返すが、アスリートの本業は競技。その前提の上で、下門さんは女性アスリートの一人として想いを語る。

「競技生活を終えたら、アスリートも一人の社会人として世間に溶け込まなければいけません。でも、競技はメイクをしないことが尊ばれる世界だったのに、外の社会に一歩出たらメイクをしないといけない世界。女性が会社でノーメイクって、きっといづらいですよね。スポーツ界と社会の大きな差を感じますし、競技に影響が出ないのであれば、選手のうちに化粧を勉強しておいて損はないと思います。

『五輪目指して頑張ってね』と声をかけられることは私も多いです。一般には五輪、世界陸上くらいしか分からないこともあります。もちろん、応援をいただけるのは嬉しいですが、一方で求められるものに苦しさを感じる葛藤もあります。私自身、現実的に自分と五輪の距離は分かっているけど、マラソンで走れる日本人は3人だけ、次は4年後。そう考えると、陸上がただ苦しいだけのものになります」

 アスリートが過酷に追い込み、生まれる競争にはドラマがあり、私たちの感動を呼ぶ。それを否定することはない。しかし、五輪に出ることを唯一の正解かのようにアスリートが縛られてしまうと、そこからこぼれた選手たちの価値はどうなるか。

 女子マラソンに限れば、五輪3枠を現実的に争える選手は国内で10~20人程度。東京五輪代表選考会として行われた19年9月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の条件をクリアし、出場権を獲得したのは12人だけだった。しかし、その下のカテゴリーには何倍もの選手たちがいる。それぞれの立場を尊重し、社会にあるべき多様性を表現することもスポーツ界の役割であり、競技の裾野の拡大にも必要なことではないか。

「私自身、競技を通じていろんな場所に足を運んで風景を見たり、おいしいものを食べたりすることもモチベーションの一つです」という下門さんの発言は、決して甘えや言い訳などではなく、女性アスリートが口にしない“声なき声”の代弁のように聞こえた。

 アニメと野球観戦が大好きで、休みはアマゾンプライムとDAZNがあれば、事足りるインドア派。「note」では「外見評価も気にして容姿には気を付けている、SNS駆使しているため陸上界でも走力の割に有名、チャラチャラして男遊びも激しそうな下門美春は実はかなりの男性恐怖症である」と率直に記し、セルフイメージと内面のギャップを理解している。

 今年31歳。結婚・出産する同世代の友人が増えているが、自身の恋愛については「今、競技に集中したい波に入っているので、当面なさそうかな……」と苦笑い。ただ、想いを自由に発信しやすいプロ選手だから、伝えられるものがある。「自分の記録のためだけに走るのではなく、いろんな人に経験を還元することが、私が五輪を目指す以外に今できる役割」と自覚している。

「閉ざされていたものをどんどん広げていきたい。長距離選手で彼氏が沿道で応援していて、ゴール前に帰ってしまった話を聞いたことがあります。もちろん2人の関係性もありますが、結果が良くても悪くてもゴールで会っていい。パートナーは親よりも近くで見てくれる存在なので、変に隠さず自然体でいられる環境になったら、きっと選手もプラスになるんじゃないかと思います」

 14日の名古屋ウィメンズマラソンに出場予定の下門さん。今後の競技人生については「34歳くらいで競技者としての第一線は終わりにしたいと、今は思っています。届かないかもしれませんが、その区切りは次回の五輪なのかな」と言う。

 そして、残りの現役生活で表現していきたいアスリートとしての理想像を、アニメ好きらしい言葉で表現する。

「何歳になっても昔のアニメを見るんですが、セーラームーンが私の理想なんです(笑)。普段は普通の女の子、でも戦ったら強い。そこに信念がある。そういうオンオフのようなものを理想にしたいし、これからの時代の選手もそうあってほしい。表舞台にいると叩かれることも多いし、男性からしたら弱い存在だからか、言われやすいかもしれません。でも、そういう声に負けないで、陸上も恋愛もやりたいことを貫いてほしいです」

 もし、「女性アスリートだから」と見えない縄に縛られ、何かを諦めている選手がいるのなら……。ちょっと視野を広げ、自分と違う世界の価値観に触れてみてほしい。そこに、きっとヒントがあるから。プロマラソンランナー・下門美春さんが自分の恋愛を隠さない理由は、ここにある。

【「恋愛」について語った下門美春さんが未来に望む「女性アスリートのニューノーマル」】

「マラソンのゴールって女子選手を待っているのは大抵、監督なんです。それが恋人であってもいいと思います。海外で合宿に行って同じ部屋になったケニア、エチオピアの選手が19、20歳なのにもう子供がいると聞いて驚きました。パートナーがいるから、子供がいるから強くなれる。そういう女性らしさを当たり前に発信し、これを言ったら、SNSに上げたらどう思われるかなと気にせず、自然体で過ごせるようになったらいいなと思います」

■下門美春 / Miharu Shimokado

 1990年4月24日生まれ、栃木県出身。片岡中(栃木)時代はソフトボール部に所属、那須拓陽高(同)から本格的に陸上を始め、2、3年生で全国高校駅伝に出場。卒業後の08年に第一生命に入社したが、12年に一度引退。2年間のフリーター生活を経験した後、14年にしまむらで現役復帰、17年にニトリ移籍。28歳だった18年5月からプロ転向した。身長162センチ。自己ベストは1万メートル33分04秒、ハーフ1時間11分48秒、フルマラソン2時間27分54秒。ツイッター、インスタグラム、note、YouTubeで幅広く自身の情報を発信している。好きな野球チームはヤクルト。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)


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