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現役引退か否か 「リングが怖かった」伊藤雅雪はなぜ、再び戦う道を選んだのか

人生には決断が欠かせない。アスリートのキャリアでも同じだ。様々な局面で多様な選択のシーンを迎えることになる。「THE ANSWER」の新連載「選択――英雄たちの1/2」では、トップ選手が人生を変えた2分の1の選択を振り返り、次世代の選手たちが進路選択をする上でヒントを探る。第2回はボクシングWBO世界スーパーフェザー級王者の伊藤雅雪だ。

人生を左右した「選択」について語った伊藤雅雪【写真:荒川祐史】
人生を左右した「選択」について語った伊藤雅雪【写真:荒川祐史】

連載「選択――英雄たちの1/2」、26日に敵地でV2戦を迎える世界王者の人生を左右した決断とは

 人生には決断が欠かせない。アスリートのキャリアでも同じだ。様々な局面で多様な選択のシーンを迎えることになる。「THE ANSWER」の新連載「選択――英雄たちの1/2」では、トップ選手が人生を変えた2分の1の選択を振り返り、次世代の選手たちが進路選択をする上でヒントを探る。第2回はボクシングWBO世界スーパーフェザー級王者の伊藤雅雪だ。

【前編】伊藤雅雪は井上尚弥に続けるか― 異色の王者が勝利の先に見据えるロマチェンコへの道

 25日(日本時間26日)にフロリダ州キシミーでジャメル・ヘリング(米国)との2度目の防衛戦を迎える日本ボクシング界のホープ。アマキャリアゼロでスタートさせたボクサー人生の中で最大の転機は「引退」。伊藤はなぜボクサーを続けたのか。単独インタビュー前編では世界最強のボクサー、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)への思いを語った男にとって、人生を左右した「選択」とは。

 ◇ ◇ ◇

 あの時の決断がなければ、今の姿はない――。人生を分けた選択について、伊藤は間髪入れずに「日本タイトル戦の後ですね」と答えた。

 一度はボクシングをやめるつもりだった。2015年2月、初の日本タイトル挑戦。王者に0-2の僅差判定で敗れた。デビュー18戦目、6年目で喫した初めての敗北だった。もともと、プロのライセンスが取れたらいいと思って始めたボクシング。何度上がってもリングに立つのは怖かった。1度でも負けたらやめるのが、自身の中では既定路線だった。

「これからどうするかと考えていました。周りにはもうやめますと、決めましたと。終わって2日間くらいはやめようと思いましたが、だけど周りからはもう少しやってみればと……。続けるにしても、今のままじゃだめ。だらだら続けるのはだめ。腹をくくって、海外に出たことが自分自身のキーポイントだった。やめていたら間違いなく、今の自分はないですもんね」

 普段は結論を迷わないというが、この時ばかりは迷った。とは言え、現役続行の決断を下すまでに1週間。本人曰く、やめることに気持ちが傾いていたのが最初の2日間、そこから3日間考えて、そしてさらに2日間で再びリングへ上がることを決めた。わずか7日間といえばそうだが、その後の人生を大きく左右する決断だった。

 なぜ続けることを決めたのか。まだボクシングを“やり切っていなかった”のだと言う。大学卒業後はプロボクサーの傍ら、エコバックなどを作る企業で営業マンとしても働いていた。安定したサラリーマン生活を捨て、拳一本で勝負する世界に飛び込んだ。

「このまま負けて終わるのは後悔が残る。じゃあ、もう一度負けるまでやってみようかなと。それまでは好きなように練習してました、技術も、ボクシングも理解してなかった。だからボクシングをしっかり学んでみたいなと。米国のトレーナー(岡部大介氏)も連絡くれていた。『今やめたら、もったいないよ。伊藤くんこっち来なよ』って。そこから米国に行くことを決めました」

 もともと所属していたジムの先輩が、米ロサンゼルスで会社を経営していた縁で日本タイトル戦の前にも1週間滞在していた。ボクシングに集中できる環境は刺激的で、魅力的だった。以来、岡部トレーナー、そして元2階級制覇王者、畑山隆則らを育てたルディ・エルナンデストレーナーに師事することになった。

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