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楢崎正剛、24年間の告白 「声が届かなくても声を出す」から変わったGK人生の真実

「サッカーは測る基準がない。それも良かった」と楢崎は語る【写真提供:WOWOW】
「サッカーは測る基準がない。それも良かった」と楢崎は語る【写真提供:WOWOW】

今、明かされる「代表引退」の真実「正直言うと、代表でいることが…」

「GKのポジションは一つ、代表チームに呼ばれるのは3人。これからは、自分が歩んできたような道を若い選手が経験することも大事だと思った。そういうと聞こえはいいのですが(笑)、正直言うと、代表でいることが負担になっていた、というのが代表引退を表明した一番の理由です。

 代表に入ると、所属チームがオフの時期も、練習、試合、遠征と休む間がない。長年、切れ目のない状態が続き、いっぱい、いっぱいになっていました。最後は南アW杯を目標に頑張って乗り越えてきたが、代表で試合に出るためには、やはり高いモチベーションが必要。それを維持するのが難しかった。

 まあ、そもそも代表の座は自分で掴み取るものなんですけどね。席が空いたからといって、順番に回ってくるものではない」

 選手としての成長を語る上で、しのぎを削り続けたライバルたちの存在は欠かせない。なかでも、川口は憧れの存在でもあり、追いかける立場として、見本としてとらえていたと話す。彼がいなければ自分も、こんなに長くプレーをできなかった、とも。

「もしサッカーではなく100メートル競走で、他の選手よりも僕の方が1秒速ければ調子に乗っていたかもしれない。でも、サッカーは測る基準がない。それも良かったかなと思います。僕の性格的に、常に自分が一番に立った、という感覚はなかったことで向上心を失わずにやってこられた。うまい選手はいくらでもいるしね」

 この取材後、楢崎は現役引退を発表。奇しくも、川口と同様、2018シーズンをもって選手生活を終えた。引退会見で「(今後は)プレーヤーとしてではなく、違った形でクラブや日本のサッカーの発展のために力を尽くせていけたらと思っています」と話した。

 長年、日本サッカーを支え、世界と戦い続けてきた彼らの現役生活の幕引きは同時に、日本のGKをネクストステージへと押し上げる、新たな幕開けを感じさせる。

◇楢崎正剛(ならさき・せいごう)

 1976年4月15日生まれ。小学4年からサッカーをはじめる。奈良育英高を経て、95年に横浜Fに入団。チーム解散に伴い、99年、名古屋に移籍。リーグ制覇を果たした10年にはGKとして初の年間MVPに。日本代表としては98年2月のオーストラリア戦で国際Aマッチ初出場。W杯は98年フランス大会から4大会連続で選出され、02年日韓大会では全4試合に出場した。19年1月、現役引退を発表した。国際Aマッチ77試合出場。J1通算631試合、J2通算29試合出場。

(取材協力:WOWOW)

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(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

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長島 恭子

編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌などで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。

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