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「アスリートファースト」に覚えた違和感 日体大教授が提唱する新たなコーチング理論

伊藤教授は「アスリートセンタード・コーチング」のポイントを語った【写真:堀浩一郎】
伊藤教授は「アスリートセンタード・コーチング」のポイントを語った【写真:堀浩一郎】

アスリートセンタード・コーチングと放任は違う

――アスリートセンタード・コーチングのポイントを教えてください。

「アスリートセンタード・コーチングでは、選手の技術の習得には、選手に感情の動きが発生しているかが大きく影響しているという研究結果を重視しています。選手が自分でうまくなるためのイメージを描いて練習に取り組み、『できた!』という成功体験をする。それは誰かに言われて機械的な練習に取り組んだ結果の『できた!』よりもずっと深い技術の定着をもたらします。アスリートセンタード・コーチングでは、選手に主体的に練習に取り組んでもらい『できた!』や『やった!』を感じられる機会をいかにつくるかが、大きなテーマといえます。

 それを阻害することがあるのが、指導者が抱く選手への期待です。特に指導者の頭の中にある正解をどれだけ再現してくれるか? という期待に基づく指導は、選手が主体的であろうとすることを阻みます。スポーツの指導における大きな問題と指摘されている体罰や暴言といったパワハラ指導も、指導者の期待と選手のパフォーマンスとの差から生まれるものです。

 選手にうまくなってほしいと願い成長を期待すること自体は悪いことではありませんが、それが『指導者の頭の中にある正解』を選手が再現することへの期待になっていないかは、常に注意を払う必要があります。

 私としては、指導者は『選手が自分の期待通りになるわけがない』くらいの思いで接するのがよいと思っています。選手が自分の頭で考えて下した決断は、全て受け入れる。そう決めればイライラすることも減るし、怒らずに済むのです」

――指導者の意思ではなく、選手の意思ありきの指導ということですね。

「そうなのですが、もしかするとアスリートセンタード・コーチングを放任のように思われる方もいるかもしれませんね。それは明確に違います。指導者は選手の選択を尊重するという前提は守りつつも、選手が自分にとってよりよい方法を見つけていくための働きかけは推奨しています。

 指導者とは『化学反応の速度を変化させる触媒のような役割』で、自ら決定し成長していこうとする選手を見守り、その成長のスピードを速めるために関わっていく指導をイメージしてください。もうひとつ例えるならば、放牧され、各々自由に草を食べている羊の群れの周りを走り、それを外側から見守り、時に管理する羊飼いや牧羊犬のような存在というのも近いかもしれませんね。

 選手本人の意思は尊重すべきですが、先に生きた人間として指導者がサポートできることはあります。選手が一人ではたどり着けないゾーンにいくための間接的なサポート――そのような立場からトレーニングをデザインするのが、アスリートセンタード・コーチングにおける指導者の役割だと考えていただければと」

――選手の自主性を阻害しない範囲で、関わっていくためのコツはありますか。

「コーチングにおける指導者の選手への関わり方は『Tell』(指示する・伝える)、『Sell』(提案する)、『Ask』(問いかける)、『Delegate』(委任する)の4つが基本です。『Teach』(教える)か? 『Coach』(助言する)か? という議論はよくされますが、私は指導においては、『教える』ことは必要だと考えています。ただ、『Teach』よりも少し弱い『Tell』くらいのニュアンスが妥当なのかもしれません。選手を見守る『Delegate』の段階に入る前に、指示や提案、問いかけといった方法でアプローチして、選手によりよい練習を選ばせる必要があります。

 アスリート・アントラージュという言葉があり、選手をどのような人々で囲むか、その環境づくりの必要性はよく説かれます。そうした物理的な環境づくりから一歩踏み込み、選手がどれだけ学びを得られているかをしっかりと観察、評価して、その状況に合わせて適切な関わりを持つべきだと考えます。

 そうした、どのように選手に関わるかという繊細な試行錯誤を繰り返すことで、コーチは成長していくものだと思います。アスリートを中心に据えなくてはいけない、質問をして考えを引き出さなくてはいけないというコーチ側の都合だけでコーチングをしている人もいると思います。それは選手に対するアスリートセンタードの押しつけという意味で、『コーチセンタード』の指導であるように私は思います」

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