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不妊治療を経て、母になる大山加奈 我が子へ「どんなあなたでも素敵だよ」と伝えたい

不妊治療を経て、生まれてくる我が子への願い「多くは望まない、2つだけ」

 31歳だった15年に一般男性と入籍。子供ができにくい体であることは結婚に合わせ、婦人科で行ったブライダルチェックで知った。

「薄々は感じていた」という。小6で腰痛を発症して以降、怪我と隣り合わせの人生。腰を手術していたこと、痛み止めの薬を日常的に飲んでいたことも原因だったと思っている。「やっぱりなと納得する部分があった一方、まだ31歳でショックも大きかったです」と率直な想いを明かす。

「一番つらかったのは身近な人たちの妊娠・出産を心から喜べない自分がいた時でした。友達、先輩で本当は喜ばないといけないし、喜びたいけど、100%素直に祝福できていない時に自分の心の狭さ、小ささを感じて、自分が嫌になったような気がして……そこがとてもつらかったです」

 子供ができないことをバレーボール界の先輩に茶化され、傷ついたこともある。ありとあらゆる療法を試した。心と体はもちろん、金銭面の負担も小さくない不妊治療。夫には体を考慮し「そこまで頑張らなくても」と言われた。期間が長引くほど「もう、やめようか」と心は揺れたが、しかし。

「(愛犬の)だいずを飼い始めてからは『だいずがいればいいや』という気持ちでいました。養子縁組について調べた時期もあります。でも、自分の子供ってどれだけ可愛いんだろうと。他人の子供でもあんなに可愛いのに自分の子供だったら……。それを知りたくて、感じたくて」

 それが「子供を持つことを諦められない一番の理由になった」という。ただ、バレーボールで小・中・高で日本一になり、五輪に出場。努力を実らせ、成功体験を得てきた人生だった。不妊治療は頑張ったから、必ず努力が実るものではない。その現実は、嫌というほど感じた。

「いくら頑張っても努力しても実らない苦しさはありましたし、不妊治療は諦めた時、最後の治療にしようと決めた時にできたパターンが多いという話をよく聞きました。だから、頑張りすぎちゃいけない。そう見たり聞いたりすると、どう心を持っていけばいいのか。自分の人生はとにかく目標を達成すると信じて努力するものでしたが、不妊治療ではそれが正しいものじゃないと感じ、その心の持ちようがすごく難しかったです」

 知らせは、突然だった。不妊治療を始めて5年。大山さん自身も「今回もダメかな」と期待せず、病院に行った時、妊娠を告げられた。その瞬間、頭は真っ白に。医師の話が全く入らず、ひと通り聞いた後で「すみません。もう一回、お願いします」と言った。それほど、信じられなかった。

 不妊治療が実ったことについて「自分は恵まれていると思います。頑張っても頑張っても授かれずに悲しい想いをされている方もいます。だから、恵まれています」と言う。だから、同じように子供を持つことを願い、不妊治療を続ける女性に寄り添い、メッセージを送る。

「私から不妊治療で悩まれている方に言えることがあるとすれば、頑張りすぎないこと。子供を望んでいるからこそ、できることは何でもやりたくなるし、藁にもすがる思いで試したくなるし、毎月生理が来る来ないで一喜一憂する。でも、一番は自分を大切にしてあげてほしい。

 頑張りすぎて疲れてしまって、心も体も疲弊してしまっては、良い方向に行かないと思います。時に自分を甘やかして、ご褒美をあげながら。私は病院に行った時、美味しいランチを食べると決めて、そんな風に治療を乗り越えてきたので。まず、自分を大切にしてほしいです」

 バレーボールの名選手から母となり、新たな人生を歩み出す大山さん。生まれてくる2つの命が時を経て、やがて大人になる頃、どんな風に育っていてくれることが幸せだろうか。母として我が子に願うことを聞いた。最後まで、大山さんらしい温かさにあふれていた。

「何よりも自分のことを好きであってほしい。私も20歳くらいの頃、バレーボールをしていない自分には価値がないとか、五輪に行けなかったら何も残らないと思っていた。だから『どんなあなたでも素敵だよ』と伝えてあげたいと思いますし、そう思っていてほしいとも思います。

 もう一つ、私はバレーボールをやってきたおかげで一生の仲間、辛い時、苦しい時にそばにいてくれる仲間ができました。子供にもそんな仲間を作ってもらいたいです。自分を好きでいてくれること、いつもそばにいてくれる仲間がいること。多くは望まないので、その2つだけです」

■大山加奈/THE ANSWERスペシャリスト

 1984年生まれ、東京都出身。小2からバレーボールを始める。成徳学園(現下北沢成徳)中・高を含め、小・中・高すべてで日本一を達成。高3は主将としてインターハイ、国体、春高バレーの3冠を達成した。01年に日本代表初選出され、02年に代表デビュー。卒業後は東レ・アローズに入団し、03年ワールドカップ(W杯)で「パワフルカナ」の愛称がつき、栗原恵との「メグカナ」で人気を集めた。04年アテネ五輪出場後は持病の腰痛で休養と復帰を繰り返し、10年に引退。15年に一般男性と結婚し、昨年妊娠を公表した。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)


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大山 加奈

THE ANSWERスペシャリスト スポーツ解説者

1984年6月19日生まれ。東京都出身。小2からバレーボールを始める。成徳学園(現下北沢成徳=東京)中・高を含め、小・中・高すべてで日本一を達成。高3は主将としてインターハイ、国体、春高バレーの3冠を達成した。01年に日本代表初選出され、02年に代表デビュー。卒業後は東レに入団。03年W杯で「パワフルカナ」の愛称がつき、栗原恵との「メグカナ」で人気を集めた。04年アテネ五輪出場後は持病の腰痛で休養と復帰を繰り返し、10年に現役引退。15年に一般男性と結婚し、21年2月に双子を出産した。

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