「誰かと一緒になりたくない、絶対に」 女子クライマー・野中生萌という名の個性
証明したい「強いクライマー」の姿「一番強いということを求めるのが今」
声にした言葉は決して、とげとげしい質感ではない。ただ、自分をもっと高めたい。その思いが、クライマー・野中を強くしてきた。9歳の時、初めてクライミングジムに連れていかれた。登山が趣味の父の山登りのトレーニングの一環だった。
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3姉妹の末っ子は姉2人が登っている姿に触発され、負けず嫌いのハートに火が付いた。以来、クライミングにのめり込みメキメキと頭角を現し、13年に16歳で初めて日本代表入り。16年はボルダリングW杯で初優勝を含めて2勝し、世界ランク2位を獲得した。
壁を登り始めた頃はもちろん、五輪という夢などなかった。メジャーな競技でもない。「誰かと一緒」ではなく、自分だけの楽しさを求め、上り続けた。10代で世界トップクラスに躍り出て、今がある。だからこそ、東京五輪で伝えたい思いもある。
「クライミングが単純にすごく楽しいと思ったことがきっかけで始め、今も続いている。競技のクライミングも、競技じゃない岩のクライミングもすべて含めて。
クライミングの楽しさを知ってもらう機会が、東京五輪で注目されることによって増えることはすごくうれしい。その楽しさをもっともっともっと広げていきたい」
クライマーには、正解がない。例えば、得意とするボルダリングも、課題を設定するルートセッターがいて、正解とされるルートは推定されるが、選手は必ずしも正解通りに挑むわけではない。
むしろ、誰も想像しない方法でクリアした時、より観衆の熱狂の温度感は高まる。選手の個性の分だけ、競技は面白くなる。誰よりも個性を貫いてきた野中は、そのクライミングらしさを体現する存在だ。
前述のクライマーとしての理想を聞いた時、最初に言ったのは「強いクライマーになりたい」だった。果たして「強いクライマー」の定義は何なのか。「それは……いろいろあるのかな」と言って、言葉を紡いだ。
「じゃあ、『強いって何?』ってなった時、大会で優勝することが一番わかりやすい。誰かと競って、一番強いということ。それは強いクライマーの証拠でもある。選手として競技をできる時間も限られていて、それを求めるのが今だと思う。
だから、今は競技の世界で戦って、強さを証明していく。でも、それだけじゃなくて、外の岩もそう。クライミングだけでもなくて、気持ちが強いとか、いろんな要素がある。一つのことだけじゃなくていろんな面で強いことが、私にとっては理想かな」
理想の「強いクライマー」との距離については「まだまだ、全然遠い。遥か彼方です」と笑ったが、それは成長の余白を意味するものでもある。野中生萌、22歳。最強のクライマーという頂を目指して登る壁の、まだ途中にいる。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)