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異国で生死を彷徨う入院、必死で学んだ英語 海外挑戦した日本代表が「迷うなら行け」というワケ【車いすバスケ天皇杯】

近年、車いすバスケットボール界でも海外挑戦が増えている。その一人がリオパラリンピック日本代表の30歳、村上直広(伊丹スーパーフェニックス)だ。NBAを見て世界の舞台に憧れ、2016年からドイツ、スペインで3年プレー。最初は英語を話せなかったが、海を渡ることに迷う人に向けてアドバイスを送った。

NBAを見て世界の舞台に憧れ、海外挑戦をした村上直広(左)【写真:中戸川知世】
NBAを見て世界の舞台に憧れ、海外挑戦をした村上直広(左)【写真:中戸川知世】

車いすバスケットボール天皇杯

 近年、車いすバスケットボール界でも海外挑戦が増えている。その一人がリオパラリンピック日本代表の30歳、村上直広(伊丹スーパーフェニックス)だ。NBAを見て世界の舞台に憧れ、2016年からドイツ、スペインで3年プレー。最初は英語を話せなかったが、海を渡ることに迷う人に向けてアドバイスを送った。

 村上は生まれつきの二分脊椎症により、右下肢機能を喪失。小学5年の時、両親の勧めで車いすバスケを始めた。海外との出会いは衝撃だった。2004年、田臥勇太が日本人初のNBAデビュー。しかし、わずか4試合の出場に終わった。「あんなに凄かった人でもこんなに無理なんや。外国人ってどんなんなん」。レベルの高さに驚き「そんな世界で活躍できたらスゲー」と海外リーグに憧れた。

 チャンスが訪れたのは2016年。リオパラリンピックの5か月前にドバイで行われたU23の国際大会にも日本代表のオーバーエイジ枠で出場した。対戦した英国代表コーチが率いるドイツのケルン99ersへ勧誘された。「洋楽を聞いていたので英語はちょっと聞けるけど、全然喋れなかった」。言語の壁はあったが、2016-17年からの移籍を即決した。

 コーチが英国人のため、コート上のコミュニケーションは英語が基本。バスケ用語は日本との共通点が多いため、ある程度は理解ができた。しかし、2017年1月に火傷からの感染症で入院。一時は生死を彷徨った。医師の説明を聞いたが「結構やばいこと言われてるけど、全然わからへん」と理解できず。生きるために言語力の必要性を痛感。必死の覚悟で英語を学び直し、話せるようになった。

海外挑戦を検討する人へアドバイスを送った村上【写真:中戸川知世】
海外挑戦を検討する人へアドバイスを送った村上【写真:中戸川知世】

 ドイツで2季、スペインでも1季プレー。スペイン語でも意思疎通できるようになった。異国で苦悩しながら生活した経験は今に生きる。「日本語で言うのは簡単なので、何でもバーっと言っていたが、英語だと一度飲み込んで変換しないといけない。どうしたらこの人に伝わるか、一回考えて発言するようになった」。コート上でのプレーにも変化が生まれた。

 パワフルな海外選手に慣れ、武器だった当たりの強さに磨きがかかった。高さのある相手に3ポイント(3P)シュートの効果を再認識。今月1日に東京体育館で行われた天皇杯は準々決勝で敗退したが、3P5本を含むチーム最多の30得点。「今のスリーがあるのは海外経験が大きい」と胸を張った。

 次はイタリア移籍の可能性も浮上。海外挑戦を検討する人へ「行ったほうがいいよ」と断言した。「迷うぐらいなら、行ってストレスを感じて『僕、向いてないです』というほうがいい。試合の周期の違い、コミュニケーションを取れない人とやっていかないといけない中で人として成長できる」。海外経験者が持ち帰る知見も貴重だ。

「世界ってこんなんやねん、って行った人が見せることで日本バスケのレベルも上がる。どんどん行った方がいい。なんとかなるんで」。持ち帰った財産を率先して伝えていく。

(THE ANSWER編集部・鉾久 真大 / Masahiro Muku)

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