陸上を楽しむなんてとんでもない 田中希実が憧れる作家・佐藤さとるの「最高の遊び」【田中希実の考えごと】
陸上女子中長距離の田中希実(New Balance)は複数種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる。達観した思考も魅力的な24歳の彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を配信する。
本人執筆の連載「田中希実の考えごと」、第4回「最高の遊びへの憧れ」
陸上女子中長距離の田中希実(New Balance)は複数種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる。達観した思考も魅力的な24歳の彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を配信する。
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長年の日記によって培われた文章力を駆使する不定期連載。第4回は「最高の遊びへの憧れ」をしたためた。プライドさえ持つほど、惹きつけられるファンタジーの世界。遊びが語源のスポーツも、非日常へ逃避するという意味で共通点がある。だが、実際は競技者として苦しみを味わう日々。そんなある時、作家・佐藤さとるのメモ書きに出会い、この苦しみに変化が生まれた。
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ある日私に、とある文芸誌のコラムを書いて欲しいという依頼が舞い込んだ。私は水を得た魚のようになって、大好きな作家、佐藤さとるさんに多分に感化されたファンタジー論を述べたてた。
ファンタジーはよく児童文学に分類されるものの、決して子供騙しではない。
空想を絵空事に終わらせず、現実世界で手に取れるようなものにしたい、という作者の情熱の結晶なのだ。そうして生まれたファンタジーは、本物より真実であるとさえ言い切れる。このようなことを伝えるべく、そのコラムでは躍起になっている。
どんなファンタジーも、最初から子供を対象として書き始めたものでない限り、児童文学から独立した文学作品と取れる。
私が児童文学好きを口にする時、どこかで自分を卑下してしまうのは、「児童文学=子供のための本」と思う人が大多数だろうと考えてしまうからだ。そして「児童文学=子供のための本」だと説明することを、自分自身にも許してしまうからだ。ファンタジーが好きだと口にすることがあまりないのは、日本では特に、ファンタジーといえば突飛な空想物語、メルヘンチックなもの、と捉えられてしまうと直感するからだ。
どうして私は、こんなにもファンタジーに惹きつけられるのだろう。しかも、作家でもないくせに、こんなにもファンタジーにプライドを持っているのだろう。
佐藤さとるさんは、ファンタジーを書く作業のことを、「最高の遊び」と表現している。しかし、遊びをとことん楽しむには、それ相応の苦しみが不可欠で、空想を手に取れるようになるまで、ペンを片手に苦しみ抜く必要がある。
遊びと言えば、スポーツも、もともとは遊びであり、今でもお遊びと取られている節がある。スポーツの語源自体がdeportare、日常から非日常へと逃避することを表している。
しかしながら、これほど苦しいことはない。私ははっきりした夢や目標もないままに、心身を削って走っている。楽しむなんてとんでもない。
そして私はいつも、苦心惨憺(くしんさんたん)書き上げたファンタジーを、こんなの夢物語だと、作者自身が笑い飛ばすようなことばかりやっている。ピーターパン曰く、楽しいことを考えたら空を飛べるらしい。バカな、人が空を飛べるわけがない。オリンピックでよく見る人間離れした選手と同じように、人が素晴らしい速さで走れるわけだって、ない。