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日韓W杯で生まれたイタリア代表と仙台の友情 街クラブ「アズーリ」が今もつなぐ絆

ACアズーリの「永久代表」である佐藤章治氏(右)と若き日のトッティ【写真:宇都宮徹壱】
ACアズーリの「永久代表」である佐藤章治氏(右)と若き日のトッティ【写真:宇都宮徹壱】

仙台の行政と財界がタッグを組みイタリア代表を誘致

 この大会のイタリアは、グループリーグ3試合(札幌、茨城、大分)を1勝1分1敗という、いつものスロースターターぶりで2位通過。しかしラウンド16の韓国戦では、歴史的な疑惑の判定により延長戦の末に1-2で敗れ、なんとも後味の悪い形で大会を去っている。日韓大会でのイタリアについては「悲劇の優勝候補」というイメージを抱いている人も少なくないだろう。

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 しかし一方で彼らは、キャンプ地に選んだ仙台にて、今につながる素晴らしいレガシーを残してくれた。それが、吉野や田中のようなJリーガーも輩出したジュニアユースの街クラブ、ACアズーリだったのである。

 ACアズーリは2004年に仙台市に設立。中学3年の春休みには、イタリア遠征をすることでも知られている。このクラブの代表を務めるのが、鈴木武一、66歳。鈴木はブランメル(現・ベガルタ仙台)の立ち上げや、イタリア代表の仙台キャンプ誘致にも深く関与している。まずは、キャンプ誘致の経緯について語ってもらおう。

「行政と財界がタッグを組んで誘致するということで、仙台市から『できれば決勝トーナメントに進出するような強豪を呼びたい』と相談を受けました。その時に僕は『十分に可能性はありますよ』と申し上げました。トレーニングはユアスタ、宿泊は仙台ロイヤルパークホテルがあります。空港だって近い。これだけ環境が良ければ、むしろ強豪国のほうから来てくれると思ったんです」

 優勝候補の筆頭と目されていたこともあり、イタリア代表のキャンプ誘致は新潟の十日町市をはじめライバルは多かったようだ。それでも「意外とすんなり決まりましたね」と鈴木。そこから、イタリア代表を受け入れるための準備がスタートする。ピッチ内を担当したのは鈴木で、ピッチ外のすべてを取り仕切ったのが「フォルツァ・アズーリクラブ」の佐藤章治。のちに両者は、ACアズーリの立ち上げに尽力することとなるのだが、その前に2002年当時のことを鈴木に振り返ってもらおう。

「僕の役割は、トラップのリクエストに応えること。たとえば練習試合の相手を探す時、『これくらいのレベルで』とか『システムは4-4-2で』とか。最初はピリピリしていましたけど、チーム状態が上向いてくると、だんだんアバウトな感じになりましたね。大変というよりも、むしろ毎日が楽しかったです。だって、トラップと毎日ミーティングできるんですよ? デル・ピエロとかトッティとか、僕の肩をぽんと叩いてくれるんですよ? 今まで生きたなかで、一番楽しかったですね(笑)」

 ピッチ内はもちろんピッチ外でも、常にサッカーに集中できる環境を提供するのが、彼らにとっての「おもてなし」。幸いイタリア代表は、仙台でのキャンプに大変満足していたらしい。仙台を離れて韓国に向かう日、監督のトラパットーニは「日本には決勝まで戻ってこられない。横浜に向かう前に、必ず仙台に戻ってくるよ」と語り、鈴木と固い握手を交わしたという。結局、それが別れの握手となってしまった。

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宇都宮 徹壱

1966年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追う取材活動を展開する。W杯取材は98年フランス大会から継続中。2009年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞した『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)のほか、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』(カンゼン)、『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)など著書多数。17年から『宇都宮徹壱WM(ウェブマガジン)』を配信している。

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