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「続けるも辞めるも怖かった」引退までの葛藤 フィギュアスケート・鈴木明子の今

13年の全日本選手権で優勝し、ソチ五輪代表を決めた鈴木さん(左から5人目)【写真:Getty Images】
13年の全日本選手権で優勝し、ソチ五輪代表を決めた鈴木さん(左から5人目)【写真:Getty Images】

「ゴールライン」を引いて変わった価値観「引退が怖くなくなった」

 ソチ五輪を目指し、その年で引退する。ずっと決められなかった「ゴールライン」を引くと、価値観が自然と変わった。

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「引退後にどうありたいかという考えを持って時間を過ごすようになりました」。まず、決めたのは選手を終えたらプロフィギュアスケーターに転向するということ。理由は「好きなスケートをもっと続けたい」というシンプルなもの。ただ、そのために残された1年間を生かそうと思えた。

「五輪でメダルを獲れるか、出場することか、はたまた出られない結末もないわけじゃない。でも、出られなくても人生は終わらないし、それなら将来の自分のために、この1年を頑張ろうと思えたんです。引退後もショーで滑り続けたかったらキャリアが必要で『五輪2大会出場』があったら『1大会』よりいいだろうし。だから、自分のためになるだろうと思ったら引退が怖くなくなったんです。『ああ、終わりじゃないんだ』と思えて。

 当たり前ですが、人生はその後の方が遥かに長い。そう思えたら、この1年に挑戦する価値があると思えました。引退後もショーに出たいと思ったのも、一番はスケートが好きだから。今まではルールがあり、このジャンプを跳ばなければいけない、この要素を何回入れなければいけないとありましたが、自分が伝えたいスケートがショーでできるなら、好きなことが続けられて、それが仕事になるなんて一番幸せなことだと思えました」

 こうして続けた現役生活。「終わり」を知った者は強かった。28歳にして13年12月の全日本選手権で初優勝。14年2月のソチ五輪の出場権を掴み、2大会連続8位入賞という結果を残し、3月の世界選手権(6位)を最後に現役生活に幕を下ろした。

 35歳になった今も数々のアイスショーに出演。現役時代と変わらない抜群のスケーティング技術のほか、自由な世界観を銀盤で表現し、新たな「スケーター・鈴木明子」を作り上げている。そして、もう一つの軸は「講演活動」である。

 引退後から始めた活動。競技とは打って変わった舞台になるが、子どもたちに対しては「夢を持つ大切さ」「壁の乗り越え方」から、企業では「モチベーションを保つ方法」など、幅広い対象に自身の経験談、価値観を伝えている。

「最初はまさか自分がやるなんて」と思っていたが、今後の人生設計を考えた所属事務所のススメがあった。「スケートでショーに出られるのは長くない。でも、自分の経験を伝えるのはこれからどれだけ経っても話せる限りは続けられるから」と。

 今まで「表現」は言葉ではなく、身体でする世界だった。初めは戸惑い、不安もあったというが、鈴木さんは「自分がしてきた経験は『ああ、良かった。こういう道を歩めて』と、自分の中で思っているより、もし少しでも人の役に立つことがあれば、存分に使ってほしいと思った」と決意。こだわったのは、等身大の自分を伝えることだ。

 煌びやかな衣装をまとい、広いリンクで時に1万人を超える会場を1人で滑り、喝采を浴びるフィギュアスケートの世界。まして、オリンピックに出場したトップアスリートでもある。その事実だけを切り取れば、キラキラとした成功体験に満ちているが、決してそれだけではない。

「メディアで見えるフィギュアスケートの世界は華やかで、五輪に出場させてもらった私が『こんな人生でした、私。皆さんもどうですか?』なんて伝えたいわけでは全くないんです。五輪に出場している人であっても、自分を信じて広い氷の上を1人で滑る強い人ではなく、もっと人間臭い部分を知ってほしくかったんです。ものすごく悩んで苦しくて、うじうじして、もうダメだと思ってということが何度も何度もあったから。

 それでも、いろんな人に助けられて、やっとあの場所にいたんだと知ってもらうことで『ああやって、テレビで見ていた人もこんなにちっぽけなことで悩んでいたんだ』と共感してもらえて『もうちょっと私もやってみよう』って『明日もちょっと仕事、頑張ろう』というくらいでいいので、思ってくれたら……。私には背中をドンと押すような力はなくて、でも、手を添えられることはきっとできると思っていたので」

 しかし、最初から順風満帆だったわけではない。始めて2年くらいは帰りの新幹線で「もっとうまくできたんじゃないか」と自己嫌悪で食事が通らなかった。「なんで、私、この仕事をやらないといけないんだろう」と思った時期もある。

 ただ、鈴木さんは「ある時、ふっと(トンネルを)抜けたんです」と言う。

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