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「箱根がすべてではない」 城西大・櫛部静二監督、駅伝指導の根底にあるトップ選手育成の夢

トップ選手育成を実現するために箱根駅伝で結果を出す

――2001年に城西大のコーチになられて、初めて箱根駅伝に出場したのが04年でした。今まで続けてきた中で、学生への接し方で変化はありましたか。

「基本的には変わらないです。最初の頃は、兄貴的な存在で学生と一緒に走って練習をしていました。でも今は、年齢がかなり離れてしまい、学生からするとかなり距離があるといいますか、学生の父親ぐらいの差があるので、距離感は昔とだいぶ違ってきていますね。」

――指導する上で、箱根駅伝というのは、やはり大きなものなのでしょうか。

「大学は箱根駅伝での結果を求めてきますし、そのためにバックアップもしてもらっています。そこで結果を出すことは大事なことですが、個人的な指導の目標で言うと、箱根がすべてではない。世界陸上とか五輪に出場する日本代表選手、日本選手権で優勝を狙えるような選手を育成したいというのが根底にあります。

 ただ、いくら僕が指導で良いものを持っていたとしても、教える相手がいないと何も起こりません。それを実現するために箱根駅伝で結果を出し、自分が本来やりたいことであるトップ選手を育成していく。その両輪を上手く回して、指導者として成長していきたいと思っています」

(佐藤 俊 / Shun Sato)

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櫛部 静二

城西大 男子駅伝部監督 
1971年11月11日生まれ、山口県出身。城西大経営学部マネジメント総合学科教授。早稲田大1年時から主力として活躍し、箱根駅伝では2区に抜擢されるが、体調不良により後半失速するアクシデントに見舞われる。3年時には1区区間賞の快走で総合優勝に貢献するなど、箱根駅伝を4度走った。卒業後はエスビー食品に入社。実業団選手として活躍したが、2001年に競技を続けながら創部したばかりの城西大駅伝部のコーチに就任、09年から監督となった。10年と12年の箱根駅伝では過去最高の総合6位に導いた一方、個を伸ばす指導を心がけており、16年リオデジャネイロ五輪で5000メートルと1万メートルに出場した村山紘太、21年東京五輪3000メートル障害の山口浩勢らを育てた。

佐藤 俊

1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、大学駅伝などの陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)、『学ぶ人 宮本恒靖』(文藝春秋)、『越境フットボーラー』(角川書店)、『箱根奪取』(集英社)など著書多数。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。

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