「個人戦で精一杯なヤツ」は勝てない 高校で急成長、“柔道家”大野将平の価値観を変えた恩師の教え

「人間易きに流れる」胸に響いた恩師の言葉
《柔道の力を伸ばしていくとともに、心もたくましくなっていく。この点においても持田さんの存在は外せない。口酸っぱく言われた「人間易きに流れる」を、大野さんは肝に銘ずることになる。つい楽なほうに流れないように、常にきついほう、厳しいほうに自分を持っていくことを習慣化させた。それは柔道のみならず人生においても同じであり、妥協なく研鑽していく大切さを学んでいる》
【注目】女性のバストは「激しく揺れている」 競技パフォーマンスに影響する可能性も…研究員が語る運動時の衝撃の大きさ(W-ANS ACADEMYへ)
本当に一人の人間として大切なことを教えてもらいました。「人間易きに流れる」もそうです。正座して足がしびれながら聞いていましたけど、ちゃんと心には残っています。柔道の究極の目的は、社会で活躍する人づくりであることは、(講道館柔道の創始者)嘉納治五郎先生も仰っていますし、しっかりした社会人になっていくために必要なことを持田先生は説かれていたんだなと思います。田舎から出てきた私のような子を預かっている以上、持田先生も本気でした。私も強くなりたいし、持田先生も強くしたいという思いが伝わってきました。お互いが本気だったから、強い絆ができたように感じています。
持田先生は「個人戦で勝つことはまだ簡単。団体戦においてチームを照らす存在、チームを救える存在にならなきゃならない。(団体戦に出る)5人分のプレッシャーを背負って臨まなきゃいけない」ともよく言っていました。つまり個人戦で精一杯になっているようなヤツでは世界に行けないし、勝てない、それくらいの度量がないとダメだというのは胸に響きました。私の根幹にもなっていきました。
その意味においても私は持田先生をはじめ、本当にいい指導者に出会えました。10代はピュアで真っ白な分、柔道においても教えたことに染まりやすい。もし違う教え方に染まっていたら、私は五輪で連覇などできなかったかもしれないし、自分の柔道を世界に評価してもらえなかったかもしれない。正しい王道の柔道を授けてもらい、信じてついていったから、その先の結果や評価につながったと考えています。
中、高校生年代に過ごした講道学舎での日々が間違いなく、自分を強くしてくれました。
(後編へ続く)
■大野 将平 / Shohei Ono
1992年2月3日、山口県山口市生まれ。7歳で柔道を始めると、兄の背中を追って中学で上京し講道学舎に入る。厳しい指導の中で次第に頭角を現すと、高2のインターハイ男子73キロ級で優勝。天理大に進学後は国際大会でも結果を残し始め、2012年のグランドスラム東京大会で初優勝、13年世界選手権も制した。旭化成所属となって以降も15年世界選手権優勝など結果を残すと、16年リオデジャネイロ五輪に初出場。屈強な外国勢を相手に強く美しい柔道を披露し金メダルに輝いた。その後もトップに君臨し続けると、21年東京五輪で連覇を達成。23年2月に第一線から退くことを表明すると、英国への指導者研修を経て、現在は旭化成柔道部のコーチを務めながら、各地で柔道教室に参加するなど競技の普及に力を注いでいる。
(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)
![[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト](https://the-ans.jp/wp-content/themes/the-answer-pc-v2/common/img/logo_c1.png)








