一度は諦めた宇宙空間への想い パラリンピアン富田宇宙が体現する「レジリエンス」
「後から考えるのではなく、障がいのある人を含めてデザインをする」
今年3月、富田は実際に無重力飛行を体験するチャンスを得た。宇宙ベンチャー企業「ASTRAX」が愛知県で実施した無重力飛行サービスに参加。無重力空間で白杖を使ってみたり、社交ダンスをしたり、遊泳実験をしたり。子どもの頃に憧れた世界を味わった。
「僕が無重力飛行をして感じたことは、視覚障がい者には超不自由でバリアしかないということです(笑)。床や天井は触れば分かると思っていたんですけど、触れた途端に跳ね返って離れてしまう。体重をかけてべたっと触れないので、一瞬過ぎてどこを触っているか分からないんです。どっちが上か下か横かも分からず、自分はどうなっているんだろう、と思っているうちに終わってしまうという。見ていた人に『宇宙さん、メチャメチャ回っていましたよ』って言われたんですけど、知らんがなって(笑)」
「超不自由だった」という感想とは裏腹に、その経験を話す顔には満面の笑みが浮かぶ。視覚障がい者にとって無重力空間は思った以上に大変な場所だったということも、今回実験したからこそ見えた事実。宇宙を障がい者にとって拓かれた空間にしていくために、今後も自らが体験しながらフィードバックしていきたいという。
「今まで宇宙は夢の世界でしたけど、今後は気軽な旅行先になり、宇宙船での移動は交通手段として社会インフラになります。そうなった時、障がいのある人をどうやって受け入れるかを後から考えるのではなく、発達段階から障がいのある人を含めてデザインをしていかなければいけない。そこをしっかり伝えていきたいと思います。だから、視覚障がいのある人が宇宙で過ごすには何が必要か、どんな工夫をしたらいいか、どういうデバイスがあれば便利か、そういうことを一緒に考えていきたいなと。そうでなければ、障がいのある人は置いてけぼりになりますから。宇宙の開発・発展の過程で、僕みたいな人が意見を言うことは大事だと思っています」
すでに富田が無重力体験したことで、他の視覚障がい者が無重力体験をするまでのハードルは少し低くなった。
「リスクがあると言われる箇所を1個1個キチンとクリアする。その繰り返しなんですよ。僕が体験したことで次の人は『富田さんがやっていたから大丈夫でしょう』と許可してもらえる。こういう積み重ねから、障がいがある人でも宇宙に行けるようにしていかないといけないと思います」
一度は水泳から離れながら、パラリンピックで3つのメダルを手に入れた。一度は宇宙飛行士という目標を諦めながら、今では宇宙空間を障がい者に拓かれたものにしていこうと活動する。富田宇宙という存在こそ、「レジリエンス」が具現化されたものなのかもしれない。
(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)