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盟友・廣瀬俊朗の挑戦から刺激 車いすラグビー元日本代表が広げる引退後のキャリア

廣瀬俊朗さん、中田英寿さんのようなスポーツの枠組みに囚われない価値観に刺激を受けた三阪さん【写真:荒川祐史】
廣瀬俊朗さん、中田英寿さんのようなスポーツの枠組みに囚われない価値観に刺激を受けた三阪さん【写真:荒川祐史】

挫折した経験が与えてくれたスポーツの枠組みに囚われない価値観

 日本代表主将を経験しながら、廣瀬さんがラグビーでのキャリアだけに囚われなかった理由は「彼も有終の美を飾ったわけではなかったからだと思います」と三阪さん。廣瀬さんは2015年にイングランドが舞台となったワールドカップで代表入りしたが、レギュラーが保証されない立場だったために主将の任を解かれ、歴史的勝利を飾った南アフリカ戦ではバックアップメンバーとしてチームを支えた。三阪さんもまた、副主将として臨んだ2012年のロンドンパラリンピックではサポート役に徹した。

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「廣瀬は南アフリカ戦でキャプテンを外され、バックアップメンバーになった。彼の著書『なんのために勝つのか。』では割とキレイに書かれていますが、本音を聞くと『結構しんどかったよ』と。それを聞くと、同じように苦労したんだなと思いました。

 僕はロンドンパラが最後の大会でしたが、仮想対戦国として練習相手にはなりましたが、試合では一度もコートに立てず。早くこの時間が終わってほしいと考えてしまう自分もいました。そういう逆境に立たされた時、腐らず前を向こうと踏ん張れた経験を共有するからこそ、言葉の重みや行動を起こす大切さに価値を見出す点で、廣瀬とリンクできるんだと思います」

 車いすラグビーに出会って4年後の2003年には、最年少22歳で日本代表入りをした三阪さん。それでも現役中には何度も挫折を味わい、「どれだけ努力したら成功って収められるんだろう」と思わない日はなかったという。だが、その中でもどうしたら自分の価値を高められるのか考えた経験が、自分の成長やキャリア形成に大きく生きたと話す。

「かつてはスポーツ選手はスポーツという枠組みから出られないと思われていましたが、サッカーの中田英寿さんが世界中を旅して回ったり、日本酒マイスターになったり、スポーツが全てではないという姿を見せてくれた。あれは衝撃でしたね。

 ただ、中田さんも自分のキャリアの節目節目でしっかり想像を膨らませ、自分の価値をどう生かすか考えたからこそできたんだと思います。それと同じように、ラグビーでは廣瀬がスポーツからビジネスの世界に飛び込み、スポーツの能力だけはない価値を示している。ゆくゆくはパラスポーツでも、アスリートがスポーツ以外の価値を身につけられるような形を作っていければと思います」

 盟友の活動から大いに刺激を受けながら、パラスポーツとパラアスリートの未来のために、三阪さんもチャレンジを続けていく。

(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)

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