体操・村上茉愛、「幸せ」を掴んだ現役最後の日 燃え尽きた五輪から再起した83日間
2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第22回は、体操・村上茉愛さんが登場する。
一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第22回は体操・村上茉愛さん
2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第22回は、体操・村上茉愛さんが登場する。
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集大成と位置づけた東京五輪は床運動で銅メダルを獲得した25歳。故障を抱えながら現役を続行し、10月の世界選手権(福岡・北九州市立総合体育館)は金メダルを獲得した。最後の舞台で「幸せ」を噛み締めた裏には、「人のために演技をしたい」というモチベーションがあった。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
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全身全霊を込めて舞った。世界選手権の床運動決勝。「たくさんの人に自分の演技を見てもらいたい」。足の痛みは嘘だったかのように、村上の体はよく動いた。体操人生を凝縮させた姿に、約2500人の観客から労いと称賛のこもった拍手が送られる。深々と下げた頭を起こすと、涙がこぼれ落ちた。
時に、技の成否よりも、得点よりも大切なもの。「魅せる」という演技の本質を捉えた90秒だった。
エースとして臨んだ東京五輪は、個人総合で日本女子歴代最高の5位。床運動は日本女子種目別初のメダルだった。3歳から体操を始め、ずっと夢見た大舞台で演技を完遂。集大成の場になるはずだった。しかし、五輪の1年延期により、世界体操と同年開催となった特別な年。「2つとも日本であるのは光栄なこと。五輪でメダルを獲って、体操を見に来てもらえるチャンス」と五輪後も練習を続けた。
ただ、一度気持ちの切れた体は簡単には動かない。「燃え尽きたというか、練習がはかどらなくなった」。大学時代も師事した日体大の瀬尾京子監督に「しんどいです」と相談した。体操界ではベテランの25歳。体は悲鳴を上げ、恩師から「種目を絞るのもありなんじゃない?」と助言を受けた。
「何のために体操を続けるのか考えた時、(五輪で)最後の最後に無観客だったことが唯一の心残りだった。自分のためではなく、人のために演技をしたい」
これまでの体操人生とは違うモチベーションをもらい、2か月半後の世界体操は得意の床運動に照準を定めた。その矢先、またも試練が重なる。大会前に左足首を負傷。開催地の北九州市に入ってからも、思うように練習できない。痛み止めも飲んだ。
五輪決勝から83日、痛みと付き合いながら迎えた予選。客席を見渡すと、最前列に母・英子さんの姿があった。誰よりも演技を届けたい人。取材で母の話題になると、どうしても声が上ずってしまう。
「(第1種目の)平均台の前に顔を見られたし、直前にも連絡した。連絡するのは、足首の怪我の話をしてからは毎日です。泣くのは早い。『大丈夫だよ』っていう演技はできたと思う」