ケータイ、彼女作りもNG 陽岱鋼が守った“日本の父”との約束3箇条「この方がいなければ…」昭和の香りが生んだ絆

昭和の香りがする約束が生んだ絆、サプライズでビッグな贈り物も
平松さんは、育英高(兵庫)の監督も務めたことがあり、大村直之(元オリックス)らをプロに送り出している。日本にやってきた陽を見て「ひじや肩の柔らかさがずば抜けている。これはプロに行かせてやらないといけない選手だ」と直感した。そして「技術は上に行ってから教えてもらえばいい。ここでは心の方を磨かせないといけない」と思って示したのが、3つの約束だった。「その代わりに、私も3年間休みはなかったですよ」と笑う。
足を速くしたい、打率を上げたい…野球上達に“必須の能力”を学ぶ「運動神経向上LIVE」開催
現在のスポーツ指導の常識からすれば「アウト」と取られてもおかしくない約束。ただ平松さんは陽に、一心不乱に打ち込むことの大切さと、人生にはそういう時期があることを伝えたかった。「(陽は)台湾から来てくれた選手じゃないですか。僕が日本の父親にならなきゃないけないと思ったんです。3年の間はね」。1日も欠かすことなく向き合った日々。絆は3年間では終わらなかった。
陽は2005年秋の高校生ドラフト会議で、日本ハムに1巡目指名を受け入団する。初めて北海道に向かい、臨んだ入団発表。平松さんは「ここは寒いから、俺のコートを着ろ」と陽に一枚余分に羽織らせた。今でも陽の家の、クローゼットに保管されている。「たくさんの思い出が詰まっています」。その後の活躍は、平松さんにとって何よりの恩返し。さらに、直接の贈り物もあった。
2022年のことだ。学校を退職した平松さんに、陽から食事の誘いがあった。「おみやげがあるんです。ちょっと大きいのですが……」。平松さんの家族まで巻き込み、仕掛けた完璧なサプライズ。贈られたのはレクサスの高級セダンだった。「まさか、こんなものをくれるなんてね。今も大切に乗っていますよ」。
この日、現役最後のプレーを見た平松さんは、たくさんのファンがスタンドから陽の名前を呼ぶのに声を揺さぶられた。「こんなになってくれてね…涙が出ますよ」と感慨深げだ。それを聞いた陽は「親の気持ちじゃないのかな」とポツリ。かつての仲間も集ったセレモニーには笑顔があふれた。ただこの日は泣くまいと決めていた陽は、平松さんを前にすると涙をこらえきれなかった。
深々と頭を下げ、言葉にして伝えた感謝。3つの約束は、この日につながるスタート地点だった。
(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)
![[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト](https://the-ans.jp/wp-content/themes/the-answer-pc-v2/common/img/logo_c1.png)








