新谷仁美らを育てる陸上コーチ・横田真人 選手たちの“その後”を本気で考える指導論
選手・スポーツと社会をつなぐ役割としてのコーチ
――どんなコーチでありたいと考えていますか?
「私はコーチというより、先輩に近いのかもしれません。もちろん走る技術を教えたり、メニューを組んだりしています。でもそれ以上に、各選手たちのその後のキャリアを本気で考えています。どんな道に進みたくて、そのために何をしておくべきなのか。一人ひとりが目指す方向性を会話を通して引き出すし、必要があればサポートをする。例えば今私が関わっている事業である陸上イベントを選手と一緒に開催したり、選手個人のブランディングを考えたりすることもあります。
練習以外にも選手と一緒にできることがあるから、会話の幅も広いですね。練習内容や体調の確認、メニューの指示だけでなく、例えばイベントをやる選手には『あのイベントどうなってる?』と聞いたり、本が好きな選手に『何読むの?』と聞いたり。質問することで、選手自身に自分の考えや意見をアウトプットしてもらうことが大事だと考えています」
――現在はどんなことに取り組んでいるのでしょうか?
「陸上のコーチとしての活動が主ですが、陸上競技大会のエントリーシステムの開発にも取り組んでいます。未だにアナログで、手間のかかる陸上競技大会のエントリーを、システムによって効率化するんです。それによって大会運営スタッフの作業にかかる時間を減らし、大会をより良くする方法を考えるなどクリエイティブな時間を増やしてもらいたいなと。そうすれば、もっと誰もがハッピーに競技に関われるのではないかと思うんです。
そのほか、いずれ自分たちで大会を運営したいと考えています。そういったビジネスの流れがつくれると、陸上競技の選手が自分たちで稼ぎ、自立できるモデルにつながっていくのではないかと模索しています」
――今後のビジョンを教えてください。
「まずは、陸上競技の中でも長距離や短距離に比べると注目を浴びにくい中距離種目(※)を、もっと持続可能なものにしたいと思っています。オリンピックで成績を残すことだけにこだわるのではなく、中距離という種目が社会にとってどう役立つのか。観ていて何が面白いのか。そういう部分もしっかり考えてビジネスとしてまわし、自分たちの活躍する環境を自分たちで作っていきます。
オリンピックの開催を喜んだり、スポーツ大会の頂点として扱ったりすること自体は構いません。でも『オリンピックで成績を残さなければそのスポーツは終わり』といった論調は、間違っていると思うんです。
そもそもなぜスポーツが社会に必要なのか、 なぜ走った方がいいのか、あるいは数あるスポーツの中でなぜランニングなのかなど、魅力を伝えていくことが大切ではないでしょうか。私は、それが健全だと思います。
自分たちが存在していくための方法を、まず中距離を通してきちんと形づくっていく。そしてそれはほかのスポーツも同じだと思うので、最終的には一緒にスポーツの存在意義を考えていけたらいいなと思います」
(※)中距離 陸上競技の競走種目の中で短距離走と長距離走の中間に位置する距離を走る種目の総称。オリンピック種目では800メートル走、1500メートル走が中距離走にあたる。日本陸上競技連盟では400メートルまでを短距離、800メートルから3000メートル未満の範囲内を中距離、それ以上を長距離と分類している。スタート方法はスタンディングスタートを用いる。短距離走のスピード感と長距離走の戦略性を兼ね備えた種目といえる。
■横田 真人 / TWOLAPS TRACK CLUB代表、陸上競技指導者
1987年生まれ、東京都出身。陸上男子800メートル元日本記録保持者であり、日本選手権では6回の優勝経験を持つ。2012年ロンドン五輪では日本人として44年ぶりに800メートルでオリンピック出場を果たし、同年に渡米。サンタモニカトラッククラブで2年間の競技生活を送る。アメリカでの競技生活の傍ら、米国公認会計士試験に合格。2016年に現役を引退し、2017年4月にNIKE TOKYO TCコーチに就任。新谷仁美選手のコーチとなる。後進の指導にあたりながら、2020年1月にTWOLAPS TRACK CLUBを立ち上げ、 経営者としてスポーツに関連するさまざまなビジネスを手がける。
(記事提供 TORCH)
https://torch-sports.jp/
(三河 賢文 / Masafumi Mikawa)