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怪物フェルプスに0秒04差に迫った大学生の今 右肩がへこみ、怪我との闘い…アパレルの世界に描く夢――競泳・坂井聖人

違和感を覚えた2017年、動かない体に募った焦り

 以前から、肩に違和感はあった。翌2017年の世界選手権では得意の後半で失速しての6位。どうも自分の思うような動きができない。何より、自分が泳いでいる感覚よりも実際のタイムが遅い――トップスイマーにとって、それは状態が悪いことを意味する。

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 故障と言える違和感は左側だったが、夏が過ぎると右肩に顕著な痛みが走った。

「実は2014年の夏に、トレーナーさんに肩を見てもらった時、痛みはなかったんですが、右の肩甲骨の内側がベッコリへこんでいることを指摘されたんです。でもその時は、きちんと専門医に足を運んで調べずに、今まで通りに練習していたんです。思い返せば、その時が始まりだったのかもしれません。左肩を故障したのは、知らないうちに右肩をかばっていたからだと思います」

 社会人となった2018年、4月の代表選考会で国際大会の代表入りを果たせず、夏に手術に踏みきった。

「精密検査の結果、右の肩甲骨の内側にガングリオン(関節付近にゼリー状の物質が詰まった腫瘤ができる疾患)がいくつか見つかり、それが神経を圧迫していたようです」

 ガングリオンを摘出した後、2~3か月のリハビリを経て練習に復帰したが、自身が描く泳ぎの感覚とはほど遠いものだった。東京五輪の選考会まで約1年ちょっと。焦りがあった。だから思わず――。

「リハビリ後、最初はキックからと言われていたのですが、両肩を使ってストロークも結構やってしまったんですよね。のちのち考えれば、それもよくなかったんですけど。

 この頃はポジティブに考えてはいたのですが、もう練習中、めちゃめちゃイライラしていたんですよ。肩だけで回す感じで、(水を腕でしっかりキャッチするための)背中が全然使えていない。プールサイドに上がる時も腕で自分の体を支えることすらできなかった。ウェイトトレーニングもできないし、日常生活でも支障をきたして寝る時は痛いし、ペットボトルを持つ時も力が入らないくらいでした」

 なぜ、そんな無理をしたのか、と人は言うかもしれない。坂井自身も、そんなことは言われなくても理解していた。フェルプスに0秒04、「指先分」の差まで迫った時の自分とはほど遠い体の状態と迫り来る東京五輪。その葛藤は、坂井にしか分かり得ない感情だったのだろう。

 東京五輪に向け徐々に調子を取り戻していたが、大会はコロナ禍で1年延期。その期間も自宅でインナーマッスルを鍛えたり、やれることはやったが、プールでの練習を再開しても思うような動きを水のなかで具現化することはできなかった。前回大会のメダリストは、東京五輪の出場を逃すことになる。

「東京五輪代表落ちは情けないと思いましたが、涙も出ませんでした。原因が分かっていたからです。2014年に肩のことを言われた時にちゃんと対処しなかったこと、手術後に痛み止めを打ってまで肩を使った練習をしたことなど、それ以前の行動に対して後悔もありました」

 その後の3年間も日の丸を背負う結果を残せずに、今年5月にプールから上がることを決意した。その間も何度か引退のことも考えたという。もがき、苦しみながらも、坂井をプールに留めたのは、何だったのか。

「結果的に社会人になった2018年以降、一度も日本代表に入れずに終わりました。それでも泳ぎ続けてきたのは悔しい思いをした分、また頑張れる気がしていたからです。こんなので、終われるかと。引退したあとの第二の人生のほうが長いし、現役の時よりきついことはもっとたくさんあると思っていました。だから、そこであきらめないよう、現役時代は納得いくまでやりきりたいという思いがありました。

 あと、やっぱり水泳が好きですからね。100パーセント引退するところまでは落ちていなかったので、ならば、創意工夫しながらやれればと思っていました。でもパリ五輪の代表選考会に向かう過程では、負けたらどうするんだろう、情けない結果になったらどうしようと考えることも多かった。その時点で競技者でなくなっていたんでしょうね」

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牧野 豊

1970年、東京・神田生まれ。上智大卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。複数の専門誌に携わった後、「NBA新世紀」「スイミング・マガジン」「陸上競技マガジン」等5誌の編集長を歴任。NFLスーパーボウル、NBAファイナル、アジア大会、各競技の世界選手権のほか、2012年ロンドン、21年東京と夏季五輪2大会を現地取材。22年9月に退社し、現在はフリーランスのスポーツ専門編集者&ライターとして活動中。

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