なぜフィギュア選手は大学生が多い? 早大院卒・中野友加里が語る経験と羽生結弦の卒業
後輩・羽生結弦の凄さ「大学生活で五輪チャンピオンになりながら…」
「フィギュアスケートは音楽に合わせて振付を覚えないといけません。1年に大体3曲。少なくともショートプログラム(SP)とフリープログラムの2曲が必要で、2分40秒と4分ある演技時間の振付を覚えるだけでもすごく大変な作業です。加えて、今は加点方式で行われているので、ただ演技をすればいいというわけではなく、一つ一つの要素についている基礎点をすべて把握しなければなりません。
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その上で、SPなら7項目、フリーは12項目の要素から点数を稼いでいくので頭の中はいつも計算式でいっぱいです。本当はミスをすることを考えてはいけませんが、万が一、最初のジャンプで失敗したら何点を失って、それをどこで何点を補っていくか。トゥループは○点、ループは○点だからとコンマ何点を競う世界で演技をしながら計算できる思考力がないとスケートが成り立たなくなります」
実際、今も演技中に臨機応変に組み立てる選手の賢さに感心することが多いという。何より、中野さんはインタビューの第一声のレスポンスが早い。答えにくいと思う質問もさっと口に出し、回答をトータルで構成していく会話はさながらフィギュアスケートの演技とも似ているように思う。
そして、メンタル面で競技に生かされる部分もあった。
「本当に自分を強くさせてくれたと思います。私は通信教育課程だったので、課題を自分でクリアしなければいけない。今は当たり前のオンライン授業も当時は珍しく環境設定も大変でした。すべてをゼロから始め、厳しい環境で自分が強くなりました。定期的にスクーリングがあり、体育のソフトボールで所沢キャンパスの広いグラウンドに行って、バッティングをやったことも、人生の先輩が多いほかの学生との交流もとても良い経験でした。
競技においても、私はスケートだけの生活だったら、私はスケートのことばかりを考えてしまうタイプだったので、どんどん負のスパイラルに陥っていたと思います。でも、気分転換になる大学の勉強があって良かったです。それも高校とは全く違った学びを得られることが多く、分からないことを新たに知るという作業は大変なことだけど、すごく意味があるものでした。当時はレポートも講義も大変でしたが、楽しかった思い出ばかりです」
あまり知られていないが、中野さんは「スケートだけやっていても将来の役に立つことが少ない。大学のうちに何か1つ資格を取りなさい」と言われ、教職課程を取った。通常の講義に加え、必要な単位を取得。母校に2週間、教育実習に出向き、高校で「情報教育」の科目を教える免許を持つ。
そして、今もフィギュアスケートの世界にはかつての中野さんと同じように学業と競技の両立を目指しながら、戦っている選手が多くいる。その一人であり、最も高いレベルで両立を目指していたのが、羽生結弦だ。高校卒業後、中野さんと同じ早大人間科学部の通信課程に入学した。
入学1年目にソチ五輪で優勝。カナダを拠点に練習し、世界最高峰の競技レベルで戦いながら、各国を転戦。平昌五輪で連覇を達成した。26歳になる昨年、「フィギュアスケートにおけるモーションキャプチャ技術の活用」にまつわる論文を書き、卒業したことが報じられた。
「卒業することにすごく意義があると感じ、努力をしていたのだと思います。しかも3万字といわれ、すごく面白そうで私も読んでみたくなるような卒業論文を書かれている。それを大学生活で五輪チャンピオンになりながらやっていることは素晴らしいとしか言いようがないですし、頭が下がります。もし、私の時代と変わっていなければ、必須科目の統計学はスケートをやっていても経験しないジャンルなので、とても大変だったと思います」
大学の卒業単位より先に国民栄誉賞をもらってしまう人間はそういない。しかし、自分で決めたことを成し遂げる意志の強さは羽生らしさでもある。
「きっと、すごく頭が良い人なんだろうと想像します。自分でスケジュールを立てて計画し、このコロナ期間中に卒業したと聞いています。自分で勉強できる時にしっかりと集中して取り組んでいたので、スケジュールを組むこともきっと上手でしょう。eスクールはどう自分で計画し、調整するかが問われる部分があるので、そういう部分が強化されることは競技をして、選手として成長していく上でも意味のあることだったと思います」
日本では、まだ競技人口が多いとは言えない競技。その中心を担い、競争力を高めているのが「学生スケーター」たちである。その先輩として、今、未曾有の感染症が広がる中、フィギュアスケートで戦っている大学生選手たちにメッセージを送る。
「根詰めて練習し、トップ選手を目指す意識も大切ですが、大学生活を楽しむことも大切にしてほしいです。リフレッシュになる楽しみを見つけ、スケートになったら切り替える。私はそのオンオフが楽しかったです。360度をお客さんに囲まれて滑る機会はないもの。それもいつか終わってしまいます。今、大学にいるならば、ゴールに近づいている状況と思います。引退が見える中で一瞬一瞬を大切に、楽しんでゴールに向かってほしいです」
銀盤を彩る多くの選手たちが持つ「大学生」という肩書き。フィギュアスケートと学びの関係は、密接に存在している。
■中野友加里/THE ANSWERスペシャリスト
1985年生まれ。愛知県出身。3歳からスケートを始める。現役時代は女子選手として世界で3人目にトリプルアクセルに成功。スピンを得意とし、「世界一のドーナツスピン」と国際的にも高い評価を受けた。05年NHK杯優勝、同年GPファイナル3位、08年世界選手権4位、全日本選手権は3度の表彰台を経験。10年に引退後、フジテレビに入社。スポーツ番組のディレクターとして多数の競技を取材し、19年3月に退社。現在は解説者を務めるほか、審判員としても活動。15年に結婚し、2児の母。YouTubeチャンネル「フィギュアスケーター中野友加里チャンネル」を開設し、人気を集めている。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)