指導者が変われば、子どもは変わる ビジャレアルに学ぶ「人」を育てる育成術
「考える機会」を指導者が奪っていた、何も言わない選手は意見がないのではない
佐伯氏は改革の中でどのような気付きを得たのか?
「選手は年齢にかかわらず、与えられるものに応じる呼応の本能があります。だからこそ、指導者がどうあるかによって大きく変わる。指導法を変えたことでそれを圧倒的に実感しました。この子たちってこんなに自分の意見を言える子たちだったんだ、という発見があったのです」
たとえば試合中、左側にスペースがあったのに選手が右にパスを出した場合。それまでは、「今のは左だろう」と指示を出していたそうだ。そこにあるのは、なんでそんなことができないのか、という指導者側の一方的なジャッジだった。しかしそれを、「問いかけ」に変えた。
「なんで右に出したの?左だと思ったんだけど、と聞いてみると、選手はなぜそうしたか考えます。無意識に出したのであればそれでもいい。それなら、左がフリーだったから気にしたほうがいいよと伝えれば良いのです。しかし問いかけてみると、『左かなとも思ったんですけど、一瞬目に入った敵の選手がいて、パスコースを切られたと思ったので右に出しました』と答えが返ってくることもあるのです。それはすごい判断じゃないですか。
指示を出すことで、私たちは選手たちが自分で考える機会を奪っていたんです。同様に、先に正解を教えることで、失敗する機会も奪っていた。本当に大切なのは、選手に『余白』を与えること。つまり、彼らが必要としている、時間やリズム、タイミングを与えることだと気が付きました。
自分の考えを取り入れる『余白』を提供することによって、全然知らなかった選手たちの一面が見えてきます。おとなしいと思っていた子がものすごくサッカーをよく知っていたり、周りがよく見えていたり。アプローチが違えば、随分と違う発見が広がっていたのに、私たちができていなかっただけだったと気が付きました」
先回りして指示を出すのではなく、考える機会、失敗する機会をつくるために、「問い」を発する。そのコミュニケーションによって、選手たちは自分で考え行動できるようになっていく。
気付きを得るまでに、指導者たちはどのような過程を辿ったのか。ビジャレアルで実践されたいくつもの方法のうち、最も有効だと感じたのは、「動画を撮る」ということだった。
「指導中の動画を撮って自分で見る、他人にも見てもらって振り返るという方法は、最初はとても嫌なものでしたが、最も効果的だったと思います。なぜかというと、逃げ道がないから。指導中に言ったことを後で指摘されても、そんなこと言ってないと言い逃れられたり、忘れてしまったりしますよね。動画だと細かく証拠が残っているので事実がそのまま突きつけられる。
冷静な環境下で自分の指導を反省したり、『今の言い方はちょっときつくない?』など素直に周りからのフィードバックを受けることで、大きな気付きがあるのです。繰り返していく中で、私たちが使う言葉が一方的なものから双方向性を持ったものに変わっていきました」
加えて、自分の感情との距離を取ることも重要な要素だという。指導者はどうしても、結果を出さなければ、勝たなくてはと思ってしまいがち。しかしそういった焦りから生まれるイライラや怒りの感情に振り回されていては、意識を目の前の選手の成長に向けられなくなってしまう。感情と距離をとることが、指導者としてのさらなる成長につながる。
また、佐伯氏はスペイン国民が持っている他者への「リスペクト」が改革の根底にあったと話す。
「日本では人と関係性を作るとき、無意識に年齢や立場の上下を判断しがちです。上に対しては敬語を使い、下と思った瞬間にタメ語になる、というのもひとつの現れですよね。良し悪しではなく、縦並びに人を位置付けていく習慣が私たちの中にあるのです。だから、指導者と選手の関係性も必然的に上下関係になってしまう。
一方でスペインは、人間関係がフラット。しかしその中で、人として生きていく上で最低限守らなければならない聖域は絶対に侵しません。たとえ相手が子どもであっても、指導者と選手の関係であっても、そこに踏み込んではいけないのです。それが相手への『リスペクト』です。
ビジャレアルでは、行き過ぎた指導をした時に『それはリスペクトを欠いてないかい?危険信号だよ』と周りが止めます。一人ひとりがリスペクトを大事にする文化をつくることが重要だと考えています」