弱音を吐けないアスリートの問題 ラグビー選手会「よわいはつよい」プロジェクト発足のワケ
心の不調は、パフォーマンスの低下や身体の不調となって現れる。しかしスポーツ界では、試合に起用してもらえなくなるという心理作用が働き、スポーツ選手が心の不調を訴えることは難しい状況にある。こうした状況を変えるべく日本ラグビーフットボール選手会が立ち上げたのが、「よわいはつよい」プロジェクト。今回、プロジェクトを率いるキーパーソン3人にインタビュー。プロジェクトを立ち上げた経緯や具体的なプログラム内容、心のコンディションが及ぼす影響などについて語ってもらった。(取材・文=松葉 紀子 / スパイラルワークス)
キーパーソン3人インタビュー、スポーツ選手の「メンタルフィットネス」とは
心の不調は、パフォーマンスの低下や身体の不調となって現れる。しかしスポーツ界では、試合に起用してもらえなくなるという心理作用が働き、スポーツ選手が心の不調を訴えることは難しい状況にある。こうした状況を変えるべく日本ラグビーフットボール選手会が立ち上げたのが、「よわいはつよい」プロジェクト。今回、プロジェクトを率いるキーパーソン3人にインタビュー。プロジェクトを立ち上げた経緯や具体的なプログラム内容、心のコンディションが及ぼす影響などについて語ってもらった。(取材・文=松葉 紀子 / スパイラルワークス)
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――2020年、日本ラグビーフットボール選手会が中心としてスタートした「よわいはつよい」プロジェクト(https://yowatsuyo.com/)が立ち上がった経緯についてお伺いできますか。
川村氏「この取り組みを始める前に、日本ラグビーフットボール選手会、元会長の畠山健介さんが『海外と比べて日本のアスリートのメンタルフィットネスの取り組みは少ない。今後はもっと必要になると思う』と話されていました。また、僕自身もその必要性を感じていました。ただトップリーグの最前線で活躍している選手は、『心のケア? そんなの必要ないです』と受け入れない選手は多い。心のケアと聞くと、弱音を見せる=かっこ悪い、と思っている人が多いんです。しかしラグビー大国のニュージーランドをはじめ、オーストラリアでもメンタルフィットネスのプログラム(通称、PDP:Player Development Program)が行われていて、メンタルフィットネスがパフォーマンスに与える影響は重大だということも分かっています。ですから、僕は心と向き合う取り組みを始めました」
小塩氏「私は若者のメンタルヘルスの研究に携わっています。川村さんの『世の中のより多くの人に幸せになってほしい。そういう社会をつくりたい』という思いに共感してプロジェクトに参加させていただくことになりました。
ちなみに、皆さんは聞き慣れないかもしれないですが、『メンタルフィットネス』とは、心の状態を正しく認識し、受け入れて、柔軟に対応する力。心の健康やそのケアの必要性について、より受け入れやすいフレーズとして、ニュージーランドラグビー協会が使っている言葉です。若者に影響を与えられる代表格といえば、アスリートだと思いますし、私自身、アスリートから影響を受けて今の自分があると感じています。一方でアスリートたちが感じるストレス、例えば、試合に選出されるかどうかや、勝敗などを考えると、心の負担が大きいんじゃないかと。しかし調べてみると体系的な支援システムや国際科学雑誌での報告はほとんどありません。
2018年にはオリンピック史上、メダル獲得数最多である競泳のマイケル・フェルプス選手がうつ病であることを告白したのをきっかけに、欧米諸国やオーストラリアの研究者がトップアスリートのメンタルフィットネスに関する調査を始めました。これらの知見が基になって、ようやく最近になってガイドライン(https://www.olympic.org/news/consensus-paper-on-mental-health-published-by-the-ioc-medical-and-scientific-commission)なども出てきていますが、日本ではまだまだ調査や研究が進んでおらず、ガイドラインのエビデンスには含まれていません。そんなとき、日本ラグビーフットボール選手会の皆さんと話をする機会があり、一緒にメンタルフィットネスに取り組むことになりました」
川村氏「アスリートにとって、スポーツで大成することは一番の目的です。でもそうでなかったとしても、人生の中で何かを本気で追い求めて費やした時間は何にも変えがたい財産。自身のキャリアにとって必ずプラスにつながるものだし、ましてやそれが足かせになってはいけない。何かを追い求めるときには、自分を追い詰める側面があることも身をもって経験していますし、こういった自分を高めていく行為自体はすごく尊いものだと思います。
でも調子がよくないときに、それを言うことが許されない空気というのは問題だと思います。僕自身、選手として心のコンディションはパフォーマンスにつながっていると思いますし、海外でもエビデンスが出てきています。調子がよくないことがあるのは当然だし、それを当たり前のように発言することができる社会にしたくて『よわいはつよい』プロジェクトを立ち上げました」