慶應ラクロス部が「日本一」にこだわる理由 源流に息づく「Pioneer’s Pride」
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。青春時代はあっという間に過ぎてしまうのに、コロナ禍を経験した世の中はどこか慎重で、思い切って全力まで振り切れない何かがある。
連載「#青春のアザーカット」カメラマン・南しずかが写真で切り取る学生たちの日常
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。青春時代はあっという間に過ぎてしまうのに、コロナ禍を経験した世の中はどこか慎重で、思い切って全力まで振り切れない何かがある。
便利だけどなぜか実感の沸かないオンライン。マスクを外したら誰だか分からない新しい友人たち。そんな密度の薄い時間を過ごした後、やっぱりリアルは楽しいと気付かせてくれたのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
「今」に一生懸命取り組む学生たちの姿を、スポーツ・芸術など幅広い分野で活躍するプロカメラマン・南しずかが切り取る連載「#青春(アオハル)のアザーカット」。何よりも大切なものは、地道に練習や準備を重ねた、いつもと変わらない毎日。何気ない日常の1頁(ページ)をフィルムに焼き付けます。(取材・文=THE ANSWER編集部・佐藤 直子)
29頁目 慶應義塾大学男子ラクロス部 主将・藤岡凛大くん、副将・小川 健くん、副将・佐藤孝紀くん
「ラクロス」と聞いた時、どんなイメージが浮かぶだろうか。
華やかなカレッジスポーツの代表格だからか、はたまた女子のかわいいユニホームの印象が強いからか、ラクロス=キラキラしたスポーツというイメージを持つ人が多いのではないだろうか。確かにそういう一面もあるかもしれないが、男子と女子で大幅にルールが違うラクロスは、特に男子の場合、「地上最速の格闘球技」と呼ばれるほど無骨で泥臭い一面を持つ。
スピーディなパス回しから生まれるシュートは時速160キロ超。激しいボディコンタクトやクロスと呼ばれるスティックによる打撃(チェック)はルール上、問題なし。選手たちが皆、アメフトにも似たショルダーパッドやヘルメットなどの防具を身につけているのも頷ける。まだ、寒さの厳しい慶應義塾大学日吉キャンパス。その敷地内にあるグラウンドでは、男子ラクロス部のメンバーたちが元気に声を掛け合いながら、エネルギッシュに練習に励んでいた。
ラクロスは北米の先住民たちの文化に端を発する。大航海時代を経て、19世紀になるとカナダで競技として整備され、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどに広まった。長い歴史を持つが、日本に伝わったのは1980年代のこと。1986年に慶應義塾大学の男子学生たちが日本で最初のラクロスチームを結成し、そこから瞬く間に競技人口が増えた。つまり、慶應義塾大学男子ラクロス部こそ、日本ラクロス界の源流でもある。
チームスピリットとして掲げられるのが「Pioneer’s Pride(先駆者としての誇り)」だ。新たなスポーツを日本にもたらした開拓者精神はラクロス部のアイデンティティーとして根付き、それに憧れを抱く新入生が毎年数多くやってくる。現在、新2年生から4年生まで総勢100人。5月の連休を迎える頃には新入生が加わり、その数は130人前後となりそうだ。
「ラクロスは高校や大学から始めても、日本一や日本代表にだってなれる」
伝統あるチームを主将として率いる藤岡くんは中学卒業まで野球一筋で過ごしてきたが、慶應高校への入学を機にラクロスを始めた。顔見知りの先輩に誘われて出席した説明会で、こんな言葉が耳に飛び込んできた。
「ラクロスは高校や大学から始めても、日本一や日本代表にだってなれる」
9年続けた野球は好きだったが「上には上がいる。さすがにプロは目指せない」。再びフラットなスタートラインに立ち、日本のトップを目指すことができるラクロスに興味が沸いた。「もう1回、高いレベルに全力でチャレンジできるチャンスがあるのがすごく魅力でした」と話す。
同じく慶應高校でラクロスを始めた小川くんも、トップを目指せる環境に惹かれた。幼稚園からサッカーを続けていたが、激戦区の神奈川を勝ち抜いて日本一を目指すのは難しい。「ラクロスは大学でも続けられるし、日本一も日本代表も目指せる」と、高いレベルを目指しながら自分を磨く環境を選んだ。
2人と出身校は一緒ながら高校時代はホッケー部だった佐藤くんは、大学からラクロスを始めた。中学生の時、姉の友人が大観衆の中でラクロスをプレーする姿に憧れ、「僕もやりたい!って思いました」。ただ、高校時代は通学距離が長く、ラクロス部の活動時間と合わず入部を断念。大学進学と同時に競技転向したのは、ごく自然な流れだった。
それぞれ違うスポーツ経験を持つ3人だが、「ラクロスはどんなスポーツの経験も生かせる」と声を合わせる。例えば、キャッチボールの感覚は野球に通ずるものがあり、オフェンスとディフェンスの競り合いやゴールまでの推進力の重要性はサッカーに通ずるものがある。ホッケー出身の佐藤くんは「道具でボールを操るラクロスとホッケーは結構似ている。高校で培ったスティックワークがラクロスでも生きていると思います」。どんなスポーツの経験者でも、あるいはスポーツ未経験者でもウェルカム。「自分を生かせるポイントが何か見つかるはず」(佐藤)という懐の深いスポーツでもある。
「REVIVE」というスローガンに込めた想い
2023年で第14回を数えたラクロス全日本大学選手権で、慶應義塾大はこれまで最多6度の優勝を飾っている。だが、昨季は関東リーグのプレーオフ準決勝で敗れ、大学選手権に進むことができなかった。そこで新チームで掲げたのが「REVIVE(復活)」というスローガンだ。ここはどんな想いが込められているのだろうか。
藤岡「高校の時、大学ラクロス部が日本一を目指す姿に憧れを抱いて、大学でも続けるモチベーションになった。日本で初めてのラクロスチームとして日本のラクロス界を牽引する存在であり続けなければならないと思っていますし、その姿に憧れて始めたり、大学でも続けようと思ったりする人は増えるはず。去年は望まぬ結果に終わってしまったので、日本一を獲れる、強い慶應に立ち返ることが使命だと思っています」
小川「1、2年生の時は大学日本一になれたけど、3年生は関東で負けてしまった。今までやってきたことをそのまま続けても勝てない、何かを変えないといけないことに気付かされました。再び日本一を獲れるチームに変えていこうと、今年から社会人コーチを招いたり、新しい取り組みも始めています」
佐藤「自分が下級生だった時は、すごい先輩たちのプレーを間近で見て育ててもらった。今度は自分たちがその姿を見せることで、後輩たちが育っていくと思うんです。
また、試合でベンチ入りできるのが最大23人なので、部員の大多数が傍観者になってしまう可能性がある。試合に出る人たちだけが日本一を目指してもチームとして育たない。部員みんなが日本一を目指す環境を僕たち幹部が整え、チーム全体の意識を高めなければいけないと思っています」
藤岡「僕はラクロス部には日本一や日本代表を目指す人が入ってきたと思っているので、まず自分たちが日本一を体現することが目標の一つ。もう一つは、学生主体の組織なので運営の舵取りもする中で、選手全員が頑張ったら評価される公平な競争環境を提供することも使命だと思っています。『日本一』という初心を忘れずについてきてくれる部員たちが増えれば、必然的に日本一に繋がるんじゃないかと」
憧れの『慶應ラクロス』であり続けるために…
学生時代にこれだけ夢中になれる“何か”と出会えたこと、そして真正面から向き合えていることは、頼もしくもあり、羨ましくもある。3人にとってラクロスが特別な存在であることは言わずもがなだが、あえて自分の言葉でその思いを表現してもらった。
藤岡「難しいですね。表現として合っているか分からないんですけど、僕の中でラクロスは自分らしさを見つけるための手段であって、ラクロスである必要性はそこまでなかった。その一方で、ラクロスを始めたことで得られた経験、例えばリーダー経験であったり、チームの中での立ち居振る舞いの見極めだったり、ライバルと切磋琢磨しながら組織の中で自分の価値をどう高めるかを考えたり、そういう意味で自分を成長させてくれたものだと思いっています」
小川「今、僕の生活はラクロスに軸がある感じですね。ラクロスに集中しているので『あれをしたい、これをしたい』というのがあまりない。僕は幼稚園の頃から何かしらスポーツと関わってきた中で、ラクロスには日本一や日本代表を目指しやすい環境があって、自分が力を入れて熱中できるもの。ラクロスを通して自分は成長できたと思っていますし、今はチームを成長させられる立場にもある。そこにラクロスの魅力を感じています」
佐藤「僕はラクロスっていうスポーツも大好きなんですけど、それ以上に『慶應ラクロス』という存在が好きで、それが憧れの対象だった。カッコいいって思った原体験は変わらないんですよね。僕は器用ではなくて一つのことに真剣になると集中してしまうタイプ。大学に入った時にいろいろな選択肢がある中で、一番熱中できそうだったのが体育会ラクロス部だったし、今は自分の熱量を注ぐ器として大きな存在になっていると思います。そして、僕がこの組織でいい景色を見せてもらった分、カッコいい慶應ラクロス部であり続ける責任はある。そのためには勝ち続けないと」
藤岡「確かに。ただ、日本一になれなかったら責任を果たせないかというとそうではない。日本一になるための道筋を示したり、部員にとっていい環境を整えたりすることで、ラクロス部全員が日本一を目指して邁進する過程に憧れる人もいると思うんです。もちろん、結果は全力で目指すけれど、その過程にも意味がある。それが次につながっていけばと思います」
日本一を目指す挑戦は始まったばかり。1年後、3人がどのような成長と結果を携えて社会に羽ばたくのか、楽しみだ。
【出演者募集】
プロカメラマンの南しずかさんが、あなたの部活やクラブ活動に打ち込む姿を撮りにいきます。運動系でも文化系でも、また学校の部活でも学校外での活動でもかまいません。何かに熱中している高校生・大学生で、普段の活動の一コマを作品として残したいという方(個人または3人までのグループ)を募集します。自薦他薦は問いません。
下記より応募フォームにアクセスし、注意事項をご確認の上、ご応募ください。皆様のご応募をお待ちしております。
■南しずか / Shizuka Minami
1979年、東京生まれ。2008年12月から米女子ゴルフツアーの取材をはじめ、大リーグなど主にプロスポーツイベントを撮影する。主なクライアントは、共同通信社、Sports Graphic Number、週刊ゴルフダイジェストなど。公式サイト:https://www.minamishizuka.com
南カメラマンがレンズで捉えた『Pioneer's Pride』
(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)