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人のせいにしても人生は好転しない 30万人超に支持されるSNS発信、原点は「どん底」の経験――カーリング・吉田知那美

吉田がカーリングの魅力を発信する理由とは【写真:増田美咲】
吉田がカーリングの魅力を発信する理由とは【写真:増田美咲】

発信する言葉の裏にあるカーリング精神

 吉田がカーリングの魅力を発信していくのは、競技の認知、普及、拡大ということにとどまらない。カーリングの世界が、心の豊かな社会につながるから――。その思いを感じずにはいられない。

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 吉田は言う。

「基本理念を記した『カーリング精神』には『カーラーは勝つためにプレーするのであって、対戦相手を貶めるためにプレーするのではない。真のカーラーは相手の精神をかき乱そうとせず、また相手がベストを尽くそうとすることを妨げようとせず、不当に勝つくらいならむしろ負けることを選ぶであろう』とあります。人生も同じだと私は思うんです。誰かの足を引っ張って、自分がのし上がったって、一見幸せそうに見えても成長できていないわけですから。

 そしてもう一つ、『清く負けなければ、清く勝てない』という教えも、私は好きです。光り輝く勝者になれるのは、ゲームを一緒に演出した敗者がいるから。だからゲームが終わると、勝ったチームが負けたチームに対してビールをごちそうするという文化があるんです」

 勝負の世界ながら、勝者が敗者を称え、寄り添う文化がカーリングにはある。カーリングの魅力が吉田さんの魅力であり、吉田さんの魅力がカーリングの魅力でもある。すなわちカーリング精神そのものを吉田さんは大切にし、自分の人生に組み込ませている。それがアスリートとして、人としての成長を呼び込んでいるとも言える。

「第一に私の人生は、カーリングのためにあるのではありません。私の人生を豊かにするためにカーリングがあるという考え方です。自分の年齢であったり、ライフイベントであったり、その時によって自分の人生を豊かにするカーリングと、どう付き合っていきたいか。

 小さい時に私、“ミステリーハンター”になりたかったくらい世界中を旅するのが夢でした。カーリングのおかげで、今こうやって世界中を旅することができています。これから先、アスリートでも、市民カーラーでも、コーチでも、あるいは解説者でも、大好きなカーリングに携わる方法はたくさんあるので、カーリング精神を大切にしながらずっと付き合っていけたらなと思っています」

 人生の豊かさを味わわせてくれる、カーリングの世界。吉田さんはこれからも競技を通じて発信していく。カーリングからの問いかけに、応えていくためにも――。

■吉田 知那美 / Chinami Yoshida

 1991年7月26日生まれ。北海道北見市(旧常呂町)出身。ロコ・ソラーレ所属。カーリングが盛んな常呂町で7歳から競技を始める。中学生だった2006年の日本選手権ではトリノ五輪代表のチーム青森を破る金星を挙げた。高校卒業後はカナダへ留学し、帰国後に北海道銀行フォルティウスに加入。14年ソチ五輪に出場し5位入賞を果たすが、戦力外通告を受けた。地元に戻った同年6月、ロコ・ソラーレに加入。16年日本選手権での初優勝、世界選手権で日本勢初となる準優勝の快挙を皮切りにチームの躍進を支えると、18年平昌五輪で銅メダル、22年北京五輪で銀メダルを獲得した。私生活では22年7月26日に、アルペンスキー元日本代表で現在は、全日本スキー連盟アルペンチームの男子チーフコーチを務める河野恭介さんとの結婚を発表した。

(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)


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二宮 寿朗

1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)、『中村俊輔 サッカー覚書』(文藝春秋、共著)、『鉄人の思考法~1980年生まれ戦い続けるアスリート』(集英社)、『ベイスターズ再建録』(双葉社)などがある。

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