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人と殴り合うスポーツが人を育てること 痛みを知り「脳汁ドバドバ」の世界で悟った己のスケール――ボクシング・入江聖奈

試合に勝ったときは「脳汁がドバドバ出るんですよ(笑)」【写真:松橋晶子】
試合に勝ったときは「脳汁がドバドバ出るんですよ(笑)」【写真:松橋晶子】

試合に勝ったときは「脳汁がドバドバ出るんですよ(笑)」

 ずっとプレッシャーと戦って、ようやくここまでたどり着いた。

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 ストレスにならないほどのちょっとしたゲン担ぎ。ボクシング会場に移動する選手バスで対戦相手が足を伸ばして座っているのを目にしたら、逆に自分は姿勢良くしてみた。些細なことが勝負を分けるのだと、肝に銘じた。

 その意識の効果もあってか準々決勝、準決勝と接戦をものにして銅メダル以上を確定させ、思いもしなかった決勝の舞台へ。相手は先の世界選手権で負けているとはいえ、アジア・オセアニア予選で勝利しているフィリピンのネスティ・ペテシオだった。

 試合続きで筋肉痛や首のむち打ち症状もあり、体が思うように動かない感覚もあった。それでも「なんだかいけそうな予感があった」という。

「私の苦手なタイプじゃないし、相性も良かったので。それに加えてペテシオさん、予選のときはギンギラギンの怖いくらいの目つきをしていたんですけど、このときは優しい目をしていたように見えました。これ、ひょっとしたら(メダルを確定させて)満足しているんじゃないかって。

 1ラウンドはポイントを取ったんですけど、このままいけば金メダルと思って戦うと2ラウンドは逆にポイントを取られてしまった。残り1ラウンドで金か銀か決まるので、嫌だなあって思いながらコーナーを出ていったんです。1、2ラウンドとも取っていたら最後は楽しめたんでしょうけど、最後まで楽しめませんでしたね」

 目のエピソードは、相手をつぶさに冷静に観察していたことをあらわしている。緊張のなかにも落ち着きがあった。持ち味の左ジャブを主体にしたボクシングで判定勝利を収めて、良くて銅と思っていたメダルの色は光り輝く金まで届いた。勝負の神様からの微笑みに、ようやくスマイルが弾けた。

 ボクシングを愛し、ボクシングからも愛された。
 
 小学2年生でボクシングを始め、地元である鳥取・米子にある「シュガーナックルボクシングジム」でサンドバッグを叩き続けた。中学時代は陸上競技にも取り組んだが、自分のなかではハマらなかった。

「陸上では私の考える力が足りていなくて、楽しさを見出せなかったんです。でもボクシングは自分の頭のなかでイメージした動きがそのままできるとか、駆け引きで優位に立てたときとか、それこそ左ジャブが百発百中で当たるとか、その瞬間がメチャメチャ楽しい。減量もあるし、殴られるし、普段の練習だって地味だし、派手じゃない。だけど、コツが分かってくるともっともっと楽しくなってくるんですよね。私は10何年掛かってしまいましたけど、5年くらいで分かっていたらもっと楽しかったんだろうなあって。それに試合に勝ったときはその場を独り占めできて、拍手喝采を受けて主役になれるので、脳汁がドバドバ出るんですよ(笑)」

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二宮 寿朗

1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)、『中村俊輔 サッカー覚書』(文藝春秋、共著)、『鉄人の思考法~1980年生まれ戦い続けるアスリート』(集英社)、『ベイスターズ再建録』(双葉社)などがある。

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