高梨沙羅スーツ規定違反の深層 神経を尖らす日本の事情、腕利き職人は引き抜きも
浮力を得るために年々激化するスーツの競争
こうした舞台裏には、浮力を得るために年々激化するスーツの開発競争がある。
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スーツは国際スキー連盟(FIS)の規定があり、ほぼ毎年、大きさや通気量の測り方が変わる。そのルールに合わせて各国はスーツを作り、五輪のようなビッグイベントが控えている時は、そこに向けてテストを繰り返していく。スーツは使い続けると、生地が伸びたり、良いものは他国に真似されるため、完成度の高いスーツは、前哨戦では使わないこともあるほど。選手によっては、国内と海外の大会でスーツを使い分ける選手もいる。
既定の範囲内で独自のカッティングを入れ、手を加える。そこにも各国の熾烈な争いがある。高い技術を持つ職人が、より良い待遇でライバル国に引き抜かれることも。メーカーが幅を持たせて作ったスーツを“縫い子”が個々の体型や体重に合わせて縫い直している。技術が先行しているのはジャンプの本場・欧州で、日本は長年後れを取っていた。競技力の向上が最優先ではあるものの、世界で勝つためには「そういうことに長けていないとダメ」と有力選手のコーチは話す。
日本勢は以前からスーツの扱いには人一倍、神経を使っていた。理由は海外遠征の長さ。例年11月に冬のシーズンが始まり、3月まで続くため、帰国する日は限られる。中には体重を維持できず、やせてしまう選手がいる。「W杯で遠征しているうちに生地が伸びちゃう。ドイツなら家に帰れるから直せるけど、日本は帰れないからすごい気をつけている」とこぼす日本の関係者もいた。
一方で、大会ではチェックする側の力量も問われ、「昨日と同じスーツなのに失格になった」というケースも。日々変化する体重に応じた最適なスーツを着るため、かつては選手個人が遠征に裁縫道具を持ち込んで調整していた。
FISは抜き打ちチェックのほか、細工ができないように競技前にスーツを確認するなど手順を厳格化している。五輪という4年に一度の大一番。日本のスタッフは規定内のギリギリのところを攻め、細心の注意を払っていたはずだが、思わぬところで足をすくわれてしまった。
(水沼 一夫 / Kazuo Mizunuma)