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野球取材に見たフィギュア報道のヒント 中野友加里が引退後にスポーツ記者になった理由

元フィギュアスケートの中野友加里さんが昨年3月、勤務していたフジテレビを退社し、再びスケート界で活動を始めた。解説者として競技の魅力を発信する傍ら、「ジャッジ」といわれる審判員としても活躍。世界選手権に3度出場し、05年グランプリ(GP)ファイナル3位など実績を残した、かつての名スケーターがこのほど「THE ANSWER」のインタビューに応じた。

14年ソチ五輪を現地取材したフジテレビ時代の中野友加里さん【写真:本人提供】
14年ソチ五輪を現地取材したフジテレビ時代の中野友加里さん【写真:本人提供】

中野友加里インタビュー第1回、引退後にフジテレビ社員として過ごした9年間の日々

 元フィギュアスケートの中野友加里さんが昨年3月、勤務していたフジテレビを退社し、再びスケート界で活動を始めた。解説者として競技の魅力を発信する傍ら、「ジャッジ」といわれる審判員としても活躍。世界選手権に3度出場し、05年グランプリ(GP)ファイナル3位など実績を残した、かつての名スケーターがこのほど「THE ANSWER」のインタビューに応じた。

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 全3回に渡ってお届けする第1回は「中野友加里、引退後の歩み」。24歳で第一線を退くとフジテレビに入社し、フィギュア選手として異例のテレビ局員に。「すぽると!」などの番組で記者、ディレクターとして従事。あらゆるスポーツを取材し、外から見えたフィギュアスケートとは。そして、2児の母となり、フィギュア界に帰ってきた34歳の今、抱える思いとは。

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 かつて世界一美しいと言われた「ドーナツスピン」で、銀盤を華やかに染めた名スケーターがフィギュア界に帰ってきた。

 中野さんは24歳で引退後、2010年4月に入社したフジテレビを昨年3月31日付で退社。丸9年の会社員生活を経て、新たな道を歩み始めた。一番の理由は、母として抱いた思いだった。

「フジテレビでは五輪の中継に携わり、『現場に足を運んでスポーツを伝える』という入社前からの夢も一つ実現できました。本当に良かったですし、様々な経験をさせて頂きました。その中で2人の子供に恵まれました。わがままですが、仕事がしたいけど、子育てもしたい。仕事をしていると、子供の成長はあっという間。自分で日々の成長を見守りたいという思いが強くなってきたことが大きな理由です」

 2015年に一般男性と結婚。翌16年に第1子となる長男、18年に第2子となる長女が生まれた。現在3歳と2歳。育ち盛りで日ごとに違った表情を見せる子供と時間を共にしたい、という思いを会社も理解してくれた。

 仕事と子育ての両立を目指し、33歳でフリーになった中野さん。フィギュアスケートは3歳で始め、以降は競技一筋で駆け抜けた人生だった。荒川静香、安藤美姫、浅田真央ら多くの名選手としのぎを削り、国際舞台で活躍。五輪の舞台にこそ届かなかったが、女子史上3人目に成功させた3回転アクセルと、代名詞の「ドーナツスピン」の記憶は今なお、ファンの脳裏に刻まれている。

 早大大学院に在籍していた08-09年シーズン。GPファイナル進出(5位)などトップ選手として活躍する傍ら、一般の学生と同じように就職活動に挑み、フジテレビに内定。翌春の入社に合わせ、引退した。なぜ、第二の人生に「テレビ局員」を選んだのか。
 
 通常、中野さんほどの実績と知名度がある選手なら、引退後にフィギュア界で進める道は3つある。プロスケーター、コーチ、振付師だ。しかし、本人は「もともとスケートの仕事に携わるつもりは全然なかったんです。引退したら、1人の会社員として働くつもりで、現役中から第二の人生を描いていました」と言い、氷の世界から“卒業”の決断を下した当時の理由について明かす。

「プロスケーター、コーチ、振付師……どれにおいても、私は向いてないと思いました。コーチについてはマジメ気質な性格なので、自分ができたことが『なぜ、できないのか』と生徒に思ってしまいそうで(笑)、ストレスに感じてしまうのではないか。それで、まずコーチは選択肢の中からは外れました。

 プロスケーターも選択肢にあったけど、いつかは滑れなくなってしまう。どうしても過去の自分と比べてしまい、年齢的なことはもちろん、競技会に出ないことで筋力も落ち、衰えも来る。過去の自分から落ちていく姿を見せるのが私はすごく嫌で、『競技会のままの中野友加里』で終わりたかったんです」

 振付師ついては「芸術性のある仕事は全然向いてないと思っていたので」とあっけらかんと言い、「そうなると、スケートに携わる道がなくなっていました」。決して、競技にネガティブな感情があったから3つの選択肢を消したわけではなく、一個人として自分を客観的に分析していたからこそ。就職活動を始めたのは大学院1年生。23歳という若さで、随分と冷静で大人な思考に映る。

 本人は「現実を見るタイプなのかもしれませんね」と言う。

「地に足をつけるというか、将来は自分でお金を稼いで、生活基盤を立てていかなきゃいけないって思っていたんです。やっぱり、フィギュアスケートをやっているうちは両親に甘えてお金を出してもらい、外から見たら憧れの生活だったかもしれないけど、そのまま行っていたらフィギュアスケートだけしか知らない人間になっていたと思うんです。

 もっと幅広く知識を広げるためにも会社員になり、いろんな人と出会い、吸収しなければいけないなと。特に中学生の頃から憧れていたのがテレビ局。最初、憧れたのはキャスターでしたが、自分が取材される立場になると、次第に『取材する立場になりたい』と思い始め、テレビ局でいう記者、ディレクターの仕事を目指すきっかけになりました」

 こうして「就活生・中野友加里」としての決意は固まった。

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