【今、伝えたいこと】防具を付けて逃げた9年前 アイスホッケー田中豪が3.11で知った「競技の価値」
新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。
連載「Voice――今、伝えたいこと」第28回、被災からスポーツの力を知った男のメッセージ
新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。
日本全体が苦境に立たされる今、スポーツ界に生きる者は何を思い、現実とどう向き合っているのか。「THE ANSWER」は新連載「Voice――今、伝えたいこと」を始動。各競技の現役選手、OB、指導者らが競技を代表し、それぞれの立場から今、世の中に伝えたい“声”を届ける。
第28回はアイスホッケーの田中豪(東北フリーブレイズ)が登場する。2007年のアジア競技・長春大会で金メダルを獲得するなど、日本代表でも長らく活躍したベテラン。9年前、チームが本拠地の1つとしている福島県郡山市は、東日本大震災で甚大な被害を受けた。競技ができない苦しさも味わい、復興に向かう中で競技の価値を知った男は「一瞬一瞬を大切にしてほしい」と語った。
◇ ◇ ◇
9年前の3月11日。忘れもしない本震の瞬間は、アイスリンクで迎えた。
日本、韓国、ロシアのチームが参加するアジアリーグの2010-11シーズン。田中が所属する東北フリーブレイズはプレーオフファイナルまで進出。翌日の安養ハルラ(韓国)との決戦の地、福島県郡山市の磐梯熱海アイスアリーナで公式練習が始まる直前だった。
「練習前、リンクで着替えているときに本震がありました。経験したことのない揺れ。防具を着たまま外に飛び出しました。中にはスケート靴を履いている選手もいたけれど、そのままコンクリートの上を走って屋外に飛び出したという状況でしたね」
福島では最大震度6強を記録。衝撃的な大地震に動揺を抱えたまま、安全を確保するためチームバスで待機した。配信されていたニュースは、押し寄せる津波の映像など信じられないものばかりだった。「怖くなりましたし、言葉にならないくらいの出来事だったことを覚えています」。電話取材でも、当時の恐怖が伝わってきた。
元々宿泊していたホテルも利用できなくなり、付近の旅館に宿泊できることになったものの、3~4日は身動きが取れない状態に。結局プレーオフは中止となり、安養ハルラと同時優勝となった。2008年に発足したチームにとって初優勝だったが、喜びを感じる余裕はなかった。
「試合をやりたいという気持ちはありましたけれど、ニュースや状況を見る中で『今はスポーツをやるのはおかしい』と思いましたし、そんなことを言っているような状況ではなかった。気持ちは複雑でしたが、自分たちにできること、みんなが無事であることや、状況がよくなるということを気にしていました」
東北フリーブレイズは青森県八戸市に本拠地を置くが、運営会社は福島県郡山市に所在。ホームタウンを2つ持っているチームだ。震災後、八戸に戻ってからは海沿いで浸水した地域の土砂撤去や家屋の清掃など、選手はボランティア活動を積極的に行った。練習も徐々に再開したが、9月からのシーズンが通常通り開幕するのか、選手の契約がどうなるかなど不透明な部分が大きい状態だった。
結局、チームの体制が整うのが遅れるなど、不安を抱えたままシーズンが開幕。優勝から一転、7チーム中6位でプレーオフ進出も逃した。
「復興、被災地にあるチームということで、いろいろなことを背負って戦わなければならない。結果が必要だったんですけど、あまりよくないシーズンになってしまって、悔しい思いをしました。その思いが『やっぱり自分たちはやらなければならない、このままでは終われない』という気持ちになったんだと思います」