声優&僧侶の二刀流へ 音楽一家に生まれた男子卓球部員の人生「妥協はしたくない」【#青春のアザーカット】
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。その上、コロナ禍で“できないこと”が増え、心に広がるのは行き場のないモヤモヤばかり。そんな気持ちを忘れさせてくれるのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
連載「#青春のアザーカット」カメラマン・南しずかが写真で切り取る学生たちの日常
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。その上、コロナ禍で“できないこと”が増え、心に広がるのは行き場のないモヤモヤばかり。そんな気持ちを忘れさせてくれるのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
そんな学生たちの姿を、スポーツ・芸術など幅広い分野の第一線で活躍するプロカメラマン・南しずかが切り取る連載「#青春(アオハル)のアザーカット」。コロナ禍で試合や大会がなくなっても、一番大切なのは練習を積み重ねた、いつもと変わらない毎日。その何気ない日常の1頁(ページ)をフィルムに焼き付けます。(取材・文=THE ANSWER編集部・佐藤 直子)
15頁目 広島・福山市立福山高校卓球部3年 宇根誠之助くん
二刀流、三刀流、いや、四刀流の活躍だ。
ピアノを教える母の影響で4歳からチェロを奏で、中学1年からは卓球部で白球を追いかける。自宅は1573年に創建され、福山藩2代目藩主・水野勝俊と正室の菩提寺として知られる日蓮宗の妙政寺。住職を務める父、副住職を務める兄に倣い、お経を読むことも。「本当にいい声で読むんですよ」と髙田芳幸校長が嘆息する声を生かし、時間が許す時には声優の仕事もする。
「興味があることは試して、できるようなら頑張ります。少しでも無理だと思ったら諦めちゃいますけど(笑)。ビートボックスだったり韓国語だったり、まだ挑戦したいことはいっぱいあるんですけど、今はストップをかけています」
好奇心旺盛、かつ「これだ!」と決めたらトコトン突き詰める凝り性でもある。
元々は、少し多めだった体重を減らすため、適度に動くスポーツをしようと卓球部に入った。だが、中学1年で出場した新人戦は1回戦負け。「それが本当に悔しくて。悔しさをバネに、本気で頑張ろうと思いました」。週3、4日の部活に加え、地域の小学校で練習したり、近所のクラブチームに入ったり、来る日も来る日もラケットを振り続けた。
自宅では暇さえあれば卓球の動画をチェック。2004年アテネ五輪の男子シングルス金メダリスト、柳承敏(ユ・スンミン)選手に憧れて、最近では珍しい単板ペンホルダー型のラケットを使用。「昔の道具で現代の卓球をやっている感じです」とサラリと言って微笑むが、使いこなせるようになるまでは一苦労したという。
「中学2年から使い始めて、ちゃんと使いこなせるようになったのは高校生になってから。ボールの反発が大きいのに苦労しました。毎日打った感覚をノートに書いたり、自分が打つ姿を動画に撮ったり、試行錯誤でした」
ボールにかかる回転、体の動き、ラケットの使い方……「一人ひとりスタイルが違って本当に奥深い。やればやるほど味が出てくる楽しいスポーツです」。すっかり虜になった宇根くんが市立福山高に進学したのも、卓球が理由だった。
卓球部顧問の人柄に惹かれて市立福山高へ進むも、入学と同時にコロナ禍
中学2年の時、市立福山高・卓球部OBで7歳上の兄・海慎さんに連れられ、練習場を訪れた。その時、「うちの高校に来たら?」と声を掛けてくれたのが、現在も顧問を務める下宮美佐子先生だった。「広い海のような優しさと寛大な心」を持つ先生の人柄に惹かれた宇根くんは受験勉強に励み、見事合格。2020年4月、晴れて市立福山高に入学し、「下宮先生を中国大会や全国大会に連れていきたい」と卓球部の門を叩いた。
だが、折しも世界中で新型コロナウイルスが猛威を奮い、日本でも緊急事態宣言を発令。楽しみにしていた部活は休止され、大会も軒並み中止となった。「最後の大会がなくなってしまった先輩たちの涙を見て、複雑な気持ちになりました」と、当時を思って声を落とす。
いつ何が起こるか分からない。そう実感すると、改めて一日一日を大切にすることにした。部活の休止期間はランニングや体幹トレーニングなどに励み、近所のクラブチームでも練習させてもらった。日々の努力は小さく見えても、積み重なれば大きな結果として表れる。「中学では出られなかった県大会でベスト8に入れるようになりました」。中国大会出場という目標へ、一歩また一歩と近づいていったが、あとほんの少し届かなかった。
「中国大会には行けなかったんですけど、6月にあった高校最後の団体戦で強豪・武田高校のエースにダブルスで勝てたんです。人生で一番の金星。下宮先生もメチャメチャ喜んでくれました。団体戦自体は2-3で負けてしまいましたが、そこで勝てたことは大きかったです」
4歳から弾き続けるチェロ、卓球との共通点は「繊細さ」
卓球に熱中した期間も、チェロを疎かにしたことはない。幼い頃から通う甲田ジュニアオーケストラで週1回レッスンを受け、自宅ではわずかな時間でも毎日練習。ピアノを教える母に加え、父はギター、兄はピアノ、長姉は声楽、次姉はバイオリンを嗜む音楽一家。生まれた時から音楽は日常の一部だった。
1940年に始まり、70年以上の歴史を誇る福山音楽コンクールでは、母と次姉と臨んだアンサンブルで入賞した経験も。今年6月に行われた文化祭では、心に響く深く優しい音色を奏でた。「みんなで奏でて一つの曲を作り上げていくのが、アンサンブルやオーケストラの楽しいところ。一人ひとり個性があるので、集まった人によって毎回違う音になるところも楽しいですね」。
卓球とチェロ。まったく別世界にあるもののように思えるが、「繊細なスポーツであり、繊細な楽器。繋がるところがあるんです」と言葉を続ける。
「楽器は1日練習しないと取り戻すのに3日はかかると言われますが、卓球も同じくらい繊細。卓球は野球のように外に飛ばすのではなく、卓球台の枠という限られた場所に入れないといけない。ボールがどういう回転でどう動いてくるのか。相手との駆け引きもあって本当に面白い。チェロとは感覚による部分が大きいところが似ていると思います」
将来の夢は僧侶と声優の二刀流、大学に持ち越した目標とは…
現在は受験勉強の真っ只中。将来は日蓮宗の僧侶になることを目指し、東京にある立正大学への入学を目指す。幼い頃から見てきた父の背中を追うと同時に、コロナ禍やウクライナ情勢など世界が大きなうねりの中にある今、僧侶という職業には大きな意味があるように思うからだ。
「お寺にいらっしゃる方は何かしら不安を抱えていることが多いので、そういう方々を支えたり、相談に乗ったりできる僧侶になって、一人でも多くの方の心が明るくなるよう手助けしたいと思います」
もちろん、大学に行っても卓球とチェロは続けていく。できれば、声優の仕事にも本腰を入れ、将来的には僧侶と声優の両立も図っていきたいという。「一度きりの人生なので妥協はしたくない。限りある時間をいかに有効に使えるか。こう考えるのも、昔から心の在り方や可能性についてアドバイスしてくれた母の影響が大きいと思います」。
残りわずかとなった高校生活。写真撮影をした日は、すでに引退した同級生の渡邊くんが練習相手として付き合ってくれた。「色々な個性が集まる中で、毎日笑わせてくれたり助け合ったり、本当にいい仲間。これからもずっと仲間です」。暑い時も寒い時も必死でラケットを振った卓球場は、どこを切り取っても仲間たちとの思い出でいっぱいだ。
果たせなかった目標が一つあるが、それは大学まで持ち越すつもりだ。
「高校では下宮先生を中国大会や全国大会に連れていけなかったので、大学ではインカレに出場して、先生に観に来てもらいたいと思います」
深く人を思いやる心の持ち主。多芸多才の四刀流も、僧侶としての資質がしっかり一本、芯として通っているから成り立つのかもしれない。
【出演者募集】
プロカメラマンの南しずかさんが、あなたの部活やクラブ活動に打ち込む姿を撮りにいきます。運動系でも文化系でも、また学校の部活でも学校外での活動でもかまいません。何かに熱中している高校生・大学生で、普段の活動の一コマを作品として残したいという方(個人または3人までのグループ)を募集します。自薦他薦は問いません。
下記より応募フォームにアクセスし、注意事項をご確認の上、ご応募ください。
皆様のご応募をお待ちしております。
■南しずか / Shizuka Minami
1979年、東京生まれ。2008年12月から米女子ゴルフツアーの取材をはじめ、大リーグなど主にプロスポーツイベントを撮影する。主なクライアントは、共同通信社、Sports Graphic Number、週刊ゴルフダイジェストなど。公式サイト:https://www.minamishizuka.com
四刀流の宇根くんを南カメラマンのレンズはどう捉えたか
「撮影協力:Pictures Studio赤坂」
(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)