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伝説イチロー、同期入団の選手は? MLBプレーヤーが5人、あの“鉄人”や“番長”も

あの鉄人も同じ4位指名、ヤクルト1位は左の剛腕でメジャーでも活躍

【広島】
1位町田公二郎(専大)
 2000年に自身最多となる13本塁打を放つなど活躍した右の大砲。代打の切り札としても重宝され、9年連続の代打本塁打を記録するなど、通算代打本塁打20本はセ・リーグ記録。

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4位金本知憲外野手(東北福祉大)
 1492試合連続フルイニング出場の記録を作った鉄人。広島-阪神で21年間プレーし、通算2539安打、476本塁打。広島時代の2000年にはトリプルスリーも達成している。現在は阪神の監督。

【中日】
1位落合英二投手(日大)
 ルーキーイヤーはひじの手術の影響で登板がなかったが、2年目以降に主に中継ぎとして開花。1998年にはセットアッパーとして55試合に登板し、最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得した。2004年には自身最多となる10セーブをあげ、チームの優勝に貢献した。今季は韓国サムスンの投手コーチを務めている。

【ヤクルト】
1位石井一久投手(東京学館浦安)
 豪速球を誇る左のエースとして活躍した。95年に13勝をあげチームの日本一に貢献。2002年にドジャースに入団。メジャーでも初年度に14勝するなど、4年間で39勝。2006年にヤクルト復帰。07年オフにFAで西武移籍。13年に引退するまでに日米通算182勝をあげた。

【巨人】
1位谷口功一投手(天理)
 天理高2年時に夏の甲子園で優勝。大きな期待をもって入団するが、右肩の故障で結果を残せず。西武、近鉄と渡り歩くが結果を残せず、NPBでは1勝もあげられなかった。99年オフに渡米。独立リーグなどでもプレーする。

【大洋】
1位斎藤隆投手(東北福祉大)
 5年目に初めて10勝。翌97年は右ひじの手術を受け棒に振ったが、98年には13勝でチームの38年ぶり日本一に貢献した。3年連続で2ケタ勝利をマーク。2001年に抑えに転向し27セーブをあげた。2006年に35歳の高齢でドジャース入り。その年72試合に登板するなど、MLBでも確固たる地位を築く。2012年オフに地元楽天入りし、日本球界復帰。15年に引退した。

6位三浦大輔投手(高田商)
 大洋-横浜-DeNAと横浜一筋で25年プレーした。97年に初の2ケタ勝利となる10勝をマーク。翌98年は12勝7敗で優勝に貢献。7度の2ケタ勝利をあげるなど、通算で172勝を記録。“ハマの番長”として長きにわたって愛された。

【阪神】
1位萩原誠内野手(大阪桐蔭)
 イチロー世代の甲子園のスター。2軍では打点王を獲得するなどしたが、1軍では95年に4本塁打を放ったのが最高。1998年に近鉄へトレード移籍するが、活躍できなかった。

2位久慈照嘉内野手(日本石油)
 1年目からオールスターに出場するなど主力として活躍。新人王に輝いた。97年オフに中日へトレード。2003年に古巣復帰。初年度は55試合に出場、守備のバイプレーヤーとして優勝に貢献した。現在は阪神で1軍内野守備走塁コーチを務める。

4位桧山進次郎外野手(東洋大)
 5年目の96年に22本塁打をマーク。翌96年は自己最多の23本塁打と左のスラッガーとして活躍。晩年は代打の切り札として勝負強さを発揮した。2013年に引退するまでに通算1263安打、159本塁打。

 イチローを筆頭に、田口壮、石井一久、中村紀洋、斎藤隆と後のメジャーリーガーが5人。鉄人・金本知憲や、ハマの番長・三浦大輔ら記録にも記憶にも残る名選手を多数輩出した、まさに黄金世代といえるだろう。

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