【甦るラグビーW杯】日本人が“日本の価値”を知るW杯 アイルランドファンは富士山に息を呑んだ
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、多くのスポーツイベントが延期、中止を余儀なくされている。日本が元気を失いかけている今、振り返りたいのが昨秋のラグビーワールドカップ(W杯)だ。グラウンド内外で様々なドラマが生まれた大会の名珍場面を「甦るラグビーW杯」としてプレーバックする。今回は日本が大金星を演じた9月28日の1次リーグ・アイルランド戦の当日、取材に向かう編集部記者が新幹線車内で声をかけられたアイルランドファンとのエピソード。当時、話題を呼んだコラムを再録する。
新型コロナ禍の今こそONE TEAMに―ラグビーW杯の名珍場面を連日回想
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、多くのスポーツイベントが延期、中止を余儀なくされている。日本が元気を失いかけている今、振り返りたいのが昨秋のラグビーワールドカップ(W杯)だ。グラウンド内外で様々なドラマが生まれた大会の名珍場面を「甦るラグビーW杯」としてプレーバックする。今回は日本が大金星を演じた9月28日の1次リーグ・アイルランド戦の当日、取材に向かう編集部記者が新幹線車内で声をかけられたアイルランドファンとのエピソード。当時、話題を呼んだコラムを再録する。
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日本とアイルランドの“戦い”は、品川駅から始まっていた。この日午前、下りの新幹線ホームは「白と赤」と「緑」のユニホームを着た人々が多数。行楽客も重なる土曜とあって指定席が取れず、自由席に乗り込むと、車内の通路まで人がびっしり。身動きが取れない通勤電車状態に……。乗り込んだアイルランドファンは「(座席は)ノーチャンスだ」と苦笑いした。
取材に向かう私も仕方なく、デッキの扉付近に立って、掛川までの道のりをやり過ごそうとしていた。そして、1時間ほど経った頃、箱根を過ぎると、混雑も緩和された。ぼんやりと考え事をしながら車窓を眺めていた時、背後から声が聞こえた。
「Mt.Fuji?」
振り返ると、外国人女性が指を差し、窓の外を見つめていた。「富士山?」。はっとしてもう一度、車窓を見ると、街並みの向こうに雄大な景色が広がっていることに気づいた。慌てて「そうだ」と説明すると途端に目が輝き、「ワオ」と息を呑んだ。見ると、アイルランドカラーのシャツを着ている。トイレに立った途中に富士山が目に入り、声をかけてくれたようだ。
しかし、出張で頻繁に新幹線に乗る手前、車窓から富士山が見えることに特別な意識はない。実際、言われるまで気づかなかった。この日は曇りで山頂付近に雲がかかってもいた。それでも、しばらく食い入るようにして外を見つめ、「とても美しいわ」と言い、満足げに去って行った姿を見ると、富士山が初めて見た人にとって、いかに価値があるものかを考えさせられた。
「当たり前」の陰に隠れ、見えなかったものの価値を再認識する。今大会、日本人にとって、そんな機会が増えている。
事前キャンプ地の礼を尽くした歓迎、大会期間中の客席のごみ拾い、出場各国とともに行う国歌の合唱……。日本人にとって「当たり前」だった礼節やおもてなしの精神が相手の心を打ち、逆に海外選手たちはお辞儀で感謝を表している。そして、彼らがぎこちなくも一生懸命に頭を下げる姿を見て、どこか嬉しい気持ちになり、私たちはまた“お辞儀が持つ意味”について考えさせられる。
「できるだけ日本の皆さんと繋がりたい。私たちを愛してくださっていた。今日も素晴らしかった。オールブラックスのジャージを着てくださっていた方もたくさんいた。そういう思いに応えたいと思っていた」
オールブラックスの主将キーラン・リードは今大会初めてお辞儀を披露した試合後の会見でこんな言葉を残している。
日本で行われるW杯は、世界一を争う選手たちの迫力を間近で見られることが、大会の価値のすべてではない。富士山の素晴らしさを知ったアイルランドファンの姿に気づかされたように、日本人が海外選手、ファンを通じて、日本らしさを再発見することにも大きな価値があるように思う。日本人が“日本の価値”を知るW杯。その機会は11月2日の決勝まで続く。
(THE ANSWER編集部)