アジア大会32年間で最大の圧勝 “800m超逸材”落合晃を“800m指導未経験”大八木総監督はどう育てた…「1分42秒台」への設計図

森本さんと落合をつないだ大八木総監督
1962年ジャカルタ大会金メダルの森本さんは、1962~64年の3シーズンで日本記録を6回更新した800メートルのレジェンド。1964年に出した1分47秒4は同年の世界リスト13位の記録で、同年の東京五輪では準決勝に進出した。その後オリンピックでも世界陸上でも、800メートルの準決勝を走った日本人選手はいない。
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現役引退後に駒大の監督となり、そのときに指導した選手の1人が大八木総監督だった。大八木総監督自身は箱根駅伝で山上りの5区(1年時)と、エース区間の2区(3年時)で区間賞を取った長距離ランナーで、指導者になってからは駅伝で輝かしい戦績を残してきた(学生三大駅伝優勝27回)。マラソンでは元日本記録保持者の藤田敦史(現駒大監督)ら日本代表を何人も育てたが、1991年東京世界陸上に出場した奥山光広(当時ヤクルト)ら1500メートルのトップ選手も数人育成していた。
しかし800メートルは、1500メートルよりもさらにスピードが必要で、大八木総監督も指導してこなかった種目である。落合は滋賀学園高3年時に当時の日本記録(1分44秒80)も出し、中距離界期待の選手だった。世界へのステップを上がる重要な時期の指導を引き受けるには、覚悟も必要だった。
「監督の頃だったら駅伝を頑張らないといけませんでした。(2023年4月から)総監督になっていなければ、受け容れなかったかもしれません」
滋賀学園高は駅伝に力を入れているチームで、落合も長い距離を高校時代から走っていた。「森本先生はショートインターバルをものすごく速いタイムでやっていましたが、野外走や公園を使った起伏走を、10マイル(約16キロ)くらい走っていたそうです」(大八木総監督)。落合は駒大入学後も持久系のメニューを継続して行い「冬期トレーニングでは10キロ以上走るメニュー」にも取り組んだ。
しかし記録的には、落合の方が森本さんより4秒も速い。森本さんの練習を参考にはしたが、1分43秒台を出すためのメニューは大八木総監督のオリジナルだった。
「昨年高地練習をしたアルバカーキ(米国)とサンモリッツ(スイス)では、800メートル、1500メートルの世界トップ選手がどんな練習をするか観察していました」
例えば400メートルのインターバル(400メートルを何本も、100メートルや200メートルのジョグなどでつないで走るメニュー)なら、こっそりストップウォッチを押したこともあったが、走りを見るだけで何秒で行っているかがわかった。ジョグの距離やスピードまで観察していたという。それをすぐに落合の練習に取り入れることができるのは、1500メートルからマラソンの代表選手を育ててきた柔軟な発想力があるからだろう。
60歳代後半で落合を指導していることを、「巡り合わせですね」と大八木総監督は感慨深そうな表情で話した。
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