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加部 究の記事一覧

加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

  • 「同学年だから」では優遇しない 堀越高主将がスタメン決定、「僕なら無理」と監督も驚く評価基準

    2023.12.27

    日本のスポーツ界で「選手主体」の指導の大切さが叫ばれる中、育成と結果を両立させているチームの1つが、堀越高校サッカー部だ。11年前、佐藤実監督がボトムアップ型の指導を導入すると、2020年度の全国高校サッカー選手権に29年ぶりの出場。21年度大会にも2年連続で出場すると、今年度も2年ぶりの全国行きを決めるなど、着実に選手主体の指導の質を高めている。試合のスタメンを最終的に決めるのは主将の役割。ともに汗を流すチームメートの中から選ぶのは高校生にとっては大変な作業のように感じるが、中村健太主将の中には「揺るぎない評価基準」があると、佐藤監督も見ている。(取材・文=加部 究)

  • 大人が限界を決めるのは「物凄く危険」 卒業後に飛躍、U22日本代表MFが証明した“堀越流”の成果

    2023.12.26

    日本のスポーツ界で「選手主体」の指導の大切さが叫ばれる中、育成と結果を両立させているチームの1つが、堀越高校サッカー部だ。11年前、佐藤実監督がボトムアップ型の指導を導入すると、2020年度の全国高校サッカー選手権に29年ぶりの出場。21年度大会にも2年連続で出場すると、今年度も2年ぶりの全国行きを決めるなど、着実に選手主体の指導の質を高めている。そして指揮官が何よりも誇るのが、OBたちの卒業後の活躍だ。今年のアジア大会にU-22日本代表の一員として参戦し、サガン鳥栖の特別指定選手としてJリーグデビューも果たした日野翔太はその代表格で、彼らの存在が現役生に与える影響は大きい。佐藤監督はボトムアップ方式を経験したことが、高校卒業後の飛躍につながっていると言葉に力を込める。(取材・文=加部 究)

  • 普通の高校生は「ビビッてできない」 土壇場で自ら決断、堀越サッカー部監督が感嘆した選手の主体性

    2023.12.24

    日本のスポーツ界で「選手主体」の指導の大切さが叫ばれる中、育成と結果を両立させているチームの1つが、堀越高校サッカー部だ。11年前、佐藤実監督がボトムアップ型の指導を導入すると、2020年度の全国高校サッカー選手権に29年ぶりの出場。21年度大会にも2年連続で出場すると、今年度も2年ぶりの全国行きを決めるなど、着実に選手主体の指導の質を高めている。それを体現したのが、選手権の東京都予選決勝。相手に先制点を許す苦しい展開の中で、選手自らが判断してシステムを変え、土壇場での同点弾とPK戦での勝利につなげる。佐藤監督がボトムアップ型でチーム作りをしてきた成果が、見事に表れた瞬間だった。(取材・文=加部 究)

  • 高校サッカー選手権は「選手のためにある」 ボトムアップ部活で2年ぶり全国、堀越監督が貫く信念

    2023.12.22

    日本のスポーツ界で「選手主体」の指導の大切さが叫ばれる中、育成と結果を両立させているチームの1つが、堀越高校サッカー部だ。11年前、佐藤実監督がボトムアップ型の指導を導入すると、2020年度の全国高校サッカー選手権に29年ぶりの出場。21年度大会にも2年連続で出場すると、今年度も2年ぶりの全国行きを決めるなど、着実に選手主体の指導の質を高めている。今年度については当初、佐藤監督は「難しい年代になる」と見ていたが、選手たちは予想を上回る成長を見せ、全国行きの切符を勝ち獲った。(取材・文=加部 究)

  • 「JAPANESE ONLY」事件からアジア制覇へ 李忠成と浦和レッズ、反感が愛情に変わった激動の5年

    2023.11.22

    多くの人の記憶に残るゴールを決めた1人のサッカー選手が、今季限りで現役生活に別れを告げる。元日本代表FW李忠成は在日韓国人として生まれ、21歳の時に日本へ帰化。現在所属するアルビレックス新潟シンガポールに至るまでの20年間のプロ生活は、念願の北京五輪出場をはじめ、2011年アジアカップ決勝の伝説的なボレーシュート、負傷に泣いた欧州挑戦、人種差別問題など激動に満ちていた。スパイクを脱ぐことを決断した今、旧知のスポーツライターに自身のキャリアを振り返りながら本音を明かす。最終回となるインタビュー第5回では、2014年の浦和レッズ加入直後に起きた人種差別問題に対して今だからこそ明かす本音と、最終的にキャリア最長の5シーズンを戦った充実の日々について振り返った。(取材・文=加部 究)

  • 「年俸はいくらなんだ?」 欧州での失意を経た日本復帰、李忠成が再会した恩師にかけられた言葉

    2023.11.18

    多くの人の記憶に残るゴールを決めた1人のサッカー選手が、今季限りで現役生活に別れを告げる。元日本代表FW李忠成は在日韓国人として生まれ、21歳の時に日本へ帰化。現在所属するアルビレックス新潟シンガポールに至るまでの20年間のプロ生活は、念願の北京五輪出場をはじめ、2011年アジアカップ決勝の伝説的なボレーシュート、負傷に泣いた欧州挑戦、人種差別問題など激動に満ちていた。スパイクを脱ぐことを決断した今、旧知のスポーツライターに自身のキャリアを振り返りながら本音を明かす。インタビュー第4回では、怪我に苦しんだサウサンプトン時代からJリーグ復帰を決めるまでの日々を振り返る。日本に戻る上で真っ先に名前が浮かび訪ねたのは、恩師ミシャのもとだった。(取材・文=加部 究)

  • 外せば「死ぬまで叩かれる」 李忠成の伝説ボレー弾、脳裏によぎる恐怖が消えた不思議な数秒間

    2023.11.15

    多くの人の記憶に残るゴールを決めた1人のサッカー選手が、今季限りで現役生活に別れを告げる。元日本代表FW李忠成は在日韓国人として生まれ、21歳の時に日本へ帰化。現在所属するアルビレックス新潟シンガポールに至るまでの20年間のプロ生活は、念願の北京五輪出場をはじめ、2011年アジアカップ決勝の伝説的なボレーシュート、負傷に泣いた欧州挑戦、人種差別問題など激動に満ちていた。スパイクを脱ぐことを決断した今、旧知のスポーツライターに自身のキャリアを振り返りながら本音を明かす。インタビュー第3回では、キャリアのハイライトと言える2008年の北京五輪から12年のサウサンプトン移籍までの日々を辿る。負傷の影響で五輪後も低調だった李だが、10年ワールドカップ(W杯)での同世代の活躍に刺激を受けゴールを量産。そして11年1月のアジアカップ決勝で、あの伝説のゴールが生まれた。(取材・文=加部 究)

  • 「LEEの姓を背負うこと」に意味があった 21歳で日本に帰化、李忠成が人生の決断に込めたメッセージ

    2023.11.12

    多くの人の記憶に残るゴールを決めた1人のサッカー選手が、今季限りで現役生活に別れを告げる。元日本代表FW李忠成は在日韓国人として生まれ、21歳の時に日本へ帰化。現在所属するアルビレックス新潟シンガポールに至るまでの20年間のプロ生活は、念願の北京五輪出場をはじめ、2011年アジアカップ決勝の伝説的なボレーシュート、負傷に泣いた欧州挑戦、人種差別問題など激動に満ちていた。スパイクを脱ぐことを決断した今、旧知のスポーツライターに自身のキャリアを振り返りながら本音を明かす。インタビュー第2回では自身のキャリアに多大な影響を与えた元サッカー選手の父との関係と、プロ入り後に母が泣きながら電話をかけてきたエピソードを振り返る。(取材・文=加部 究)

  • 引退発表の李忠成が描く日本サッカーへの恩返し “1年限定”で全国行脚「プロの物差しを伝えたい」

    2023.11.08

    多くの人の記憶に残るゴールを決めた1人のサッカー選手が、今季限りで現役生活に別れを告げる。元日本代表FW李忠成は在日韓国人として生まれ、21歳の時に日本へ帰化。現在所属するアルビレックス新潟シンガポールに至るまでの20年間のプロ生活は、念願の北京五輪出場をはじめ、2011年アジアカップ決勝の伝説的なボレーシュート、負傷に泣いた欧州挑戦、人種差別問題など激動に満ちていた。スパイクを脱ぐことを決断した今、旧知のスポーツライターに自身のキャリアを振り返りながら本音を明かす。インタビュー第1回は現在所属するシンガポール行きを決めた背景や、引退後のビジョンについて語った。(取材・文=加部 究)

  • 現役時代の実績で「監督が務まる時代ではない」 欧州事情を知る日本人「サッカーの形が変わった」

    2023.08.24

    サッカーの母国であるイングランドは、隆盛を極めるプレミアリーグを筆頭に長い歴史によって築かれた重厚な文化や伝統があり、いつの時代も圧倒的な権威を保っている。そんな世界最高峰の舞台に乗り込み、アジア人として初めて2018年にイングランドサッカー協会(FA) 及び欧州サッカー連盟(UEFA)公認プロライセンスを取得したのが高野剛氏だ。インタビュー最終回は、現在在籍するシント=トロイデンでの育成の仕事について話を聞きながら、監督に求められる資質について持論を展開した。(取材・文=加部 究)

  • イングランド名門ほど規律徹底 UEFAプロ資格者の高野剛が目撃、日本と異なる選手を「導く」指導

    2023.08.19

    サッカーの母国であるイングランドは、隆盛を極めるプレミアリーグを筆頭に長い歴史によって築かれた重厚な文化や伝統があり、いつの時代も圧倒的な権威を保っている。そんな世界最高峰の舞台に乗り込み、アジア人として初めて2018年にイングランドサッカー協会(FA) 及び欧州サッカー連盟(UEFA)公認プロライセンスを取得したのが高野剛氏だ。これまで海外の育成年代を複数チーム指導してきたなかで、日本との違いを感じることも多かったという高野氏。その1つが、欧州ではチームのやり方を「教える」ことはしないこと。指導者は選手を「導く」ような練習を通じて、個々の判断力を磨いているという。(取材・文=加部 究)

  • サッカーを「教わる」か「学ぶ」か UEFAプロ資格者・高野剛が指摘、日本と欧米選手の姿勢の違い

    2023.08.15

    サッカーの母国であるイングランドは、隆盛を極めるプレミアリーグを筆頭に長い歴史によって築かれた重厚な文化や伝統があり、いつの時代も圧倒的な権威を保っている。そんな世界最高峰の舞台に乗り込み、アジア人として初めて2018年にイングランドサッカー協会(FA) 及び欧州サッカー連盟(UEFA)公認プロライセンスを取得したのが高野剛氏だ。高校卒業後に米国に渡り、その後イングランドでの指導者生活を経て感じるのが、欧米と日本の子供たちのスポーツに取り組む姿勢だという。その根底には、選手育成のスタンスの違いもあると指摘する。(取材・文=加部 究)

  • 米国で英語習得の日本人コーチ 渡英後に戸惑った“サッカー用語”の奥深さ「日本だと野球に近い」

    2023.08.11

    サッカーの母国であるイングランドは、隆盛を極めるプレミアリーグを筆頭に長い歴史によって築かれた重厚な文化や伝統があり、いつの時代も圧倒的な権威を保っている。そんな世界最高峰の舞台に乗り込み、アジア人として初めて2018年にイングランドサッカー協会(FA) 及び欧州サッカー連盟(UEFA)公認プロライセンスを取得したのが高野剛氏だ。今回はイングランドに渡って感じた「サッカーの母国」が持つ奥深さについて。選手として渡った米国で英語をマスターし、指導者の道へ進んだ高野だったが、誇り高きサッカーの母国では同じプレーでも表現の仕方や用語の違いに戸惑ったと振り返っている。(取材・文=加部 究)

  • 合格者は450人中27名 アジア人初快挙の高野剛、世界最難関のサッカー指導者資格に挑んだ理由

    2023.08.07

    サッカーの母国であるイングランドは、隆盛を極めるプレミアリーグを筆頭に長い歴史によって築かれた重厚な文化や伝統があり、いつの時代も圧倒的な権威を保っている。そんな世界最高峰の舞台に乗り込み、アジア人として初めて2018年にイングランドサッカー協会(FA) 及び欧州サッカー連盟(UEFA)公認プロライセンスを取得したのが高野剛氏だ。世界トップレベルの指導者資格をどのような経緯で目指し、取得したのか。海外挑戦の日々を振り返った。(取材・文=加部 究)

  • 「プロ意識が欠落した選手」を見てきた ブラジル人元Jコーチが高校生に説く心身を鍛える大切さ

    2023.07.28

    サッカー・Jリーグの発展を語る上でブラジル人の存在は欠かせない。1993年のリーグ開幕前から、ジーコら数々の名手が来日し、日本人選手に大きな影響を与えてきた。1989年にJSL(日本サッカーリーグ)時代の川崎製鉄に加入し、翌年からフィジカルコーチや監督としてチームを支えたエルシオ氏は、Jリーグでプレーすることはなかったが、プロ化以前から日本サッカーが成長する姿を見てきた1人だ。

  • 日本愛を抱くブラジル人コーチ Jリーグ11チームで指導、「驚き」を感じた若き日のW杯戦士とは

    2023.07.24

    サッカー・Jリーグの発展を語る上でブラジル人の存在は欠かせない。1993年のリーグ開幕前から、ジーコら数々の名手が来日し、日本人選手に大きな影響を与えてきた。1989年にJSL(日本サッカーリーグ)時代の川崎製鉄に加入し、翌年からフィジカルコーチや監督としてチームを支えたエルシオ氏は、Jリーグでプレーすることはなかったが、プロ化以前から日本サッカーが成長する姿を見てきた1人だ。

  • 日本人元J監督の「厳しさは称賛に値した」 1989年初来日、ブラジル人コーチの人生変えた出会い

    2023.07.18

    サッカー・Jリーグの発展を語る上でブラジル人の存在は欠かせない。1993年のリーグ開幕前から、ジーコら数々の名手が来日し、日本人選手に大きな影響を与えてきた。1989年にJSL(日本サッカーリーグ)時代の川崎製鉄に加入し、翌年からフィジカルコーチや監督としてチームを支えたエルシオ氏は、Jリーグでプレーすることはなかったが、プロ化以前から日本サッカーが成長する姿を見てきた1人だ。

  • 高校3年間の部活を「楽しかった」と振り返れるか 知日家ドイツ人が伝えたい勝利より大切なこと

    2023.06.27

    サッカー・Jリーグで横浜フリューゲルスや浦和レッズなど、4クラブの監督を務めたゲルト・エンゲルス氏は、1993年のプロ化以降、日本サッカーの急速な発展を当事者として見続けてきたドイツ人指導者だ。しかも初来日した当初は滝川第二高校サッカー部のコーチを務め、近年は女子サッカーの強豪INAC神戸レオネッサを率いるなど、Jリーグ以外の日本サッカーの姿も熟知している。

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