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「JAPANESE ONLY」事件からアジア制覇へ 李忠成と浦和レッズ、反感が愛情に変わった激動の5年

多くの人の記憶に残るゴールを決めた1人のサッカー選手が、今季限りで現役生活に別れを告げる。元日本代表FW李忠成は在日韓国人として生まれ、21歳の時に日本へ帰化。現在所属するアルビレックス新潟シンガポールに至るまでの20年間のプロ生活は、念願の北京五輪出場をはじめ、2011年アジアカップ決勝の伝説的なボレーシュート、負傷に泣いた欧州挑戦、人種差別問題など激動に満ちていた。スパイクを脱ぐことを決断した今、旧知のスポーツライターに自身のキャリアを振り返りながら本音を明かす。最終回となるインタビュー第5回では、2014年の浦和レッズ加入直後に起きた人種差別問題に対して今だからこそ明かす本音と、最終的にキャリア最長の5シーズンを戦った充実の日々について振り返った。(取材・文=加部 究)

前途多難の船出となった浦和レッズ時代。しかし李忠成は自らを変えることで道を切り拓き、赤いユニホームを着て最高の時を過ごした【写真:Getty Images】
前途多難の船出となった浦和レッズ時代。しかし李忠成は自らを変えることで道を切り拓き、赤いユニホームを着て最高の時を過ごした【写真:Getty Images】

李忠成・現役引退インタビュー第5回、浦和の一部サポーターが剥き出しにした反感

 多くの人の記憶に残るゴールを決めた1人のサッカー選手が、今季限りで現役生活に別れを告げる。元日本代表FW李忠成は在日韓国人として生まれ、21歳の時に日本へ帰化。現在所属するアルビレックス新潟シンガポールに至るまでの20年間のプロ生活は、念願の北京五輪出場をはじめ、2011年アジアカップ決勝の伝説的なボレーシュート、負傷に泣いた欧州挑戦、人種差別問題など激動に満ちていた。スパイクを脱ぐことを決断した今、旧知のスポーツライターに自身のキャリアを振り返りながら本音を明かす。最終回となるインタビュー第5回では、2014年の浦和レッズ加入直後に起きた人種差別問題に対して今だからこそ明かす本音と、最終的にキャリア最長の5シーズンを戦った充実の日々について振り返った。(取材・文=加部 究)

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 ◇ ◇ ◇

 李忠成にとって浦和レッズは、未知との遭遇だった。

 それまでプロフットボーラーは、愛される存在だと思っていた。

「普通にプレーをしていれば、みんなが自然に『リーくん』『リー選手』と寄ってきてくれました。でも浦和レッズは違ったんです」

 一部のサポーターは、試合前のウォームアップから反感を剥き出しにしてきた。

「おまえ、何しに来たんだよ」
「結果出せよ、結果」

 シュートを外せば、すかさず「下手くそ!」「そんなんで入るか」と罵声が飛んでくる。

「『この人たちは、味方じゃないの?』と思いました」

 そして李が浦和に加入した2014年3月8日、J1第2節のサガン鳥栖戦では、明らかに人種差別を意味する「JAPANESE ONLY」の垂れ幕が埼玉スタジアムに掲げられた。

「もう、これはダメだな、と思いました。でもしばらくして、クラブと別れる前に1度だけ自分から歩み寄ってみよう、と思ったんです。『嘘でもいいから好きになってみよう。それでもダメなら辞めればいい』と。まずレッズを好きになるには、浦和の街を好きになってみようと、1人で歩き回り自分から街の人たちに挨拶をしたりしてみました。そうすると道は開けてくるもので、ファンが1人、2人と増えていき徐々に輪が広がっていくんです」

 それは柏レイソル時代に、石崎信弘監督との関係を修復した時の教訓であり、今でも貫いている自身の指針でもある。

「自分が変われば相手も変わる。これはサッカーだけじゃなく、どんな人と会っても、まず自分の話をして腹を見せるようにしています。人間関係は、そこからでしょう、と」

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李 忠成

サッカー元日本代表 
1985年12月19日生まれ、東京都出身。在日韓国人4世として生まれ、父の影響を受けて4歳でサッカーを始める。FC東京U-18から2004年にトップ昇格。翌年に柏へ完全移籍すると、3年目の07年2月に日本国籍を取得した。同年のJ1リーグで30試合10得点、U-22日本代表に選出され、翌08年に北京五輪に出場した。09年夏にサンフレッチェ広島へ完全移籍。10年のリーグ終盤戦で12試合11得点とゴールを量産すると、11年1月のアジアカップ日本代表に選出され、オーストラリアとの決勝で伝説のボレーシュートを決めて優勝に導いた。12年1月にサウサンプトンへ移籍。負傷の影響もあり13年限りで欧州挑戦に終止符を打つと、14年からは浦和レッズで5シーズンにわたってプレーし、17年のAFCチャンピオンズリーグなどのタイトル獲得に貢献した。横浜F・マリノス、京都サンガF.C.を経て22年からアルビレックス新潟シンガポールに在籍。今年9月14日に今季限りでの現役引退を発表した。
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加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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