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松田直樹が旅立った病院の前を今も通る田中隼磨「なぜか違う道を行く気になれない」【THE ANSWER Best of 2021】

世界中に日本語と英語1枚ずつ、今も着続けるアンダーシャツに込めた想い

 加入したシーズンに悲願のJ1昇格を成し遂げることができたのはマツさんのおかげです。ユニフォームの下に着ていたアンダーシャツは、マツさんが亡くなってしまった直後の試合から毎試合欠かさず身につけています。個人的にadidasさんにお願いして作ってもらったものなので、世界中を探しても日本語版と英語版の1枚ずつしかありません。

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 アンダーシャツに文字を書いてメッセージを届けるというアイディアは、実はマツさんが横浜F・マリノス在籍時代に何度かやっていたこと。僕自身も2004年のチャンピオンシップの時に怪我で出場できなかった安貞桓の名前を書いたアンダーシャツを着ました。

 マツさんは2007年に怪我から試合に復帰して、試合後に一緒にリハビリしていた選手たちの名前を書いたアンダーシャツを着てスタンドにアピールしていたこともありました。ただ、翌日のミーティングで早野宏史監督に「直樹、ああいうのはやめろ」と公開説教を受けていたけど(笑)

 高校3年生の時にプロデビューさせてもらってから、気性の激しいマツさんと言い合いになったのは一度や二度ではありません。負けてたまるかとばかりに言い返してしまったのは若気の至りで、今思えば「この生意気な小僧め」と思われていたでしょうね。

 よく覚えているのは、マツさんがベンチに座っている監督の岡田(武史)さんのところへ行って「隼磨がもうヤバいから交代させてよ!」と叫んでいたこと。監督じゃないのに声に出して交代を要求できるのはマツさんくらいでしょう(笑)。それで本当に交代させられたことはないけど、さすがに納得いかなかったので必死に頑張りました。それがマツさんの本当の狙いだったとしたら、僕はお手上げです。

 こんなにもチームや組織にとって影響力のある選手はいません。マツさんのモチベーションが上がっていて気分的にもノッている時は、すさまじいエネルギーを発してチームを前へ導いてくれます。自分は10代後半から20代半ばまでの時間を一緒に過ごさせてもらって、リーダーや中心選手としての立ち居振る舞いを勉強させてもらいました。

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