創立1863年、東京の難関校で“無名”から4年後に駆けたアジア大会 旧友も仰天「あんな小さなグラウンドから代表に…」――慶大・林明良
旧友も驚く小さなグラウンドから巣立ち、アジアを駆けた。男子200メートルに出場した林明良(慶大)は難関進学校の攻玉社中・高の出身。高校時代はめぼしい実績がなかったが、大学進学後に急成長し、初めて日の丸を背負った。予選を突破した先で待っていたのは、準決勝敗退の悔しさと、再び世界を目指す決意だった。

「THE ANSWER 陸上PLUS|STORY」 愛知・名古屋アジア大会(9/26)
旧友も驚く小さなグラウンドから巣立ち、アジアを駆けた。男子200メートルに出場した林明良(慶大)は難関進学校の攻玉社中・高の出身。高校時代はめぼしい実績がなかったが、大学進学後に急成長し、初めて日の丸を背負った。予選を突破した先で待っていたのは、準決勝敗退の悔しさと、再び世界を目指す決意だった。
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アジア大会を走ると言うと、中・高時代の友人たちはこぞって驚いた。
「あんな小さなグラウンドで練習して、よく代表まで行ったな」
前身の攻玉塾で学んだ元首相・鈴木貫太郎、日本人初の宇宙飛行士・秋山豊寛さんらを輩出した1863年創立の進学校、攻玉社中・高(東京)出身。高校時代はインターハイ出場もなく、無名の存在だった。
しかし、慶大進学後、高野大樹コーチと出会い、急成長した。
2年時に関東インカレ4位に入るなど着実に進化。そして、4年生を迎えた今季ブレイクを果たし、日本選手権2位に。出場予定だった鵜澤飛羽の欠場により、初の日の丸がアジア大会という大舞台で巡ってきた。
「中・高は本当にすごい小さなグラウンドで練習していたので、みんな『あんなところで練習して……』と言ってくれて。ちょっと中・高には失礼ですけど(笑)。でも『日本代表はすごい』と言ってくれて、本当に嬉しいし。本当にみんなの支えがあってここまでこられたので」
当時の仲間や家族が会場に駆け付けていた。「みんなの気持ちを背負って走る」。そう心に誓って、スタートラインについた。
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