[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

16歳でプロ契約も…米国の大学へ進学 「バスケ後の人生」見据えた異例のキャリア選択

大学進学を選んだ理由「常に“プランB”を持っておきたかった」

――キャリアに話を戻すと、育成組織からズヴェズダのトップチーム入りを果たした後、高校卒業のタイミングで米国・アリゾナ大に進学しました。なぜ、そのままセルビアでプロを続ける選択をしなかったのですか?

【注目】日本最速ランナーが持つ「食」の意識 知識を得たからわかる、脂分摂取は「ストレスにならない」――陸上中長距離・田中希実選手(W-ANS ACADEMYへ)

「セルビアやヨーロッパの多くの国では、18歳になるとクラブからプロ契約を提示されます。そして契約を受け入れるとフルタイムのプロ選手となるため、学校には通えなくなります。僕がアリゾナ大に進学した理由は、アメリカのトップ選手たちと練習し、素晴らしいコーチ陣から指導を受けることだけではなく、ヨーロッパに残っていたら得られなかった教育を受けるチャンスを生かしたかったからです。バスケットボールは僕にとって非常に重要で、人生の大きな部分を占めていましたが、バスケットをやめた後にも人生は続きます。だからこそ、僕は常に“プランB”を持っておきたかったし、教育が重要だと考えました。プロとしてのキャリアを少し先延ばしにした代わりに、バスケットボール後の人生、キャリアにより多くの投資ができたと感じています」

――当時、欧州で育った選手がアメリカの強豪大に進学する例はあまり多くなかったのではないですか?

「そうですね。大学に所属しながら報酬を受け取れるようになった今は状況が変わりましたが、当時はヨーロッパのクラブで契約を結ぶのが一般的で、僕も18歳の時、ズヴェズダから若手選手としてはかなり良い契約を提示されました。ただ僕は、これは人生を変えるような金額ではなく、アメリカで大学教育をしっかり受けることのほうが重要であることを理解していました。大学で良い成績を収めれば、いずれ必ずプロになれるから、と」

――渡米には家族も同行されたのですか?

「いえ、1人です。ベオグラードにあるズヴェズダのアカデミーに入った12歳の頃から家族と離れて生活してきて、洗濯や掃除など身の回りのひと通りのことは自分でやれていたので、適応はそれほど難しくはなかったですね」

――Bリーグでは今季大活躍のスタンリー・ジョンソン選手(長崎ヴェルカ)を筆頭に、アリゾナ大出身選手がたくさんプレーしていますね。

「彼とは1年の時に一緒にプレーしましたし、実はルームメートでした。ラウル・アルキンズ(元神戸ストークス)とは3年プレーしたし、キアヌ・ピンダー(秋田ノーザンハピネッツ)は親友です」

――そして4年時には、チームの歴史上最も多くの勝利を稼いだ選手になられたと。

「はい。これは今でも破られていない記録です。この記録には本当に誇りを持っています。得点でもリバウンドでもアシストでもなく、純粋に勝利に関わるものですから」

■ドゥシャン・リスティッチ

 1995年11月27日生まれ、セルビア出身。12歳でツルベナ・ズヴェズダの育成組織に入ると、16歳の時にセカンドチームにあたるFMP Zeleznikでプロキャリアをスタート。翌シーズンにはトップチーム昇格を果たした。高校卒業後は米国のアリゾナ大学へと進学。再びプロ入りしてからはズヴェズダを皮切りに欧州の様々なチームを渡り歩き、今季より川崎ブレイブサンダースに加入した。セルビア代表としては2023年のW杯で準優勝を経験。サイズとシュート力を兼ね備えたビッグマンとして活躍する。

(青木 美帆 / Miho Aoki)

1 2 3
W-ANS ACADEMY
ポカリスエット ゼリー|ポカリスエット公式サイト|大塚製薬
CW-X
THE ANSWER的「国際女性ウィーク」
N-FADP
#青春のアザーカット
One Rugby関連記事へ
THE ANSWER 取材記者・WEBアシスタント募集