車のセールスマンがくらった“指名漏れ” 韓国プロで守護神になるまで…海外2か国で見つけた「別の道」――飯村将太
プロ野球のドラフト会議が10月22日に行われた。夢の世界への扉を開いた選手も、縁に恵まれなかった選手もいるが、いわゆる“指名漏れ”から生まれる新たな道もある。この夏、韓国で最も熱狂的なファンを抱えるロッテジャイアンツに、日本人のクローザーが誕生した。自動車のセールスマンをしながら野球をしていた“ドラフト候補”時代には考えられなかった道に、どうやって踏み出せたのか。(取材・文=羽鳥慶太)

指名漏れから4年、飯村将太が韓国ロッテでクローザーになるまで
プロ野球のドラフト会議が10月22日に行われた。夢の世界への扉を開いた選手も、縁に恵まれなかった選手もいるが、いわゆる“指名漏れ”から生まれる新たな道もある。この夏、韓国で最も熱狂的なファンを抱えるロッテジャイアンツに、日本人のクローザーが誕生した。自動車のセールスマンをしながら野球をしていた“ドラフト候補”時代には考えられなかった道に、どうやって踏み出せたのか。(取材・文=羽鳥慶太)
「正直半年前、いや3か月前でも、自分がプロの1軍で抑えをやるなんて想像してなかったです。日本でプロになれなかった自分が」。韓国ではプロ野球の人気が爆発中。連日満員の本拠地、プサン(釜山)サジク球場で、チームの勝利を左右する場面でマウンドに上がり続けたのは、28歳の飯村将太投手だ。
もう4年前になる。2022年の秋、飯村は人生の岐路に立たされていた。社会人野球のKMGホールディングスでプレーして2年。150キロを超える速球を投げる右腕として注目を集め、NPB球団から調査書も届いた。
ただ、ドラフト指名には至らなかった。「行けなかったから、来年もがんばろうかなと」。チームに残り3年目、4年目も投げ続けたが、プロへの道は開かない。4年目には2年後輩の木下里都投手が、阪神に3位指名された。そこで決断した。
「大卒で4年やって、もうNPBは無理だなと思って会社をやめたんです」
霞ケ浦高(茨城)では2年夏に甲子園出場したものの、ポジションは「9番・三塁」だった。自分たちの代では投手に。進んだ桜美林大では首都リーグの1部と2部を行ったり来たりで「プロに行きたい」という思いを抱えて社会人野球に進んだ。「大学の時は行きたいっていう思いだけはありましたけど、野球に対して真剣にできてなかった感じがあって」。勤務の傍ら腕を磨き、プロのスカウトの視界に入るところまでたどり着いた。
KMGホールディングスは、業務をフルタイムでこなしてから野球に取り組むチームだ。職場は三菱自動車のディーラー。飯村もセールスマンとして店頭に立った。「車は……。売れなくはなかったです。ボチボチですね。お客様としゃべるのは全然苦ではなかったので。車の説明はカタログにお任せでしたけど、元気の良さで買っていただいた感じです」。だから続けてきた仕事を離れる時は「結構迷いました」。野球を続けようとした場所が、海外だったからだ。
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