東京五輪前に考える「選手と報道」の距離 野口みずきが取材で味わった喜びと不信感
酸いも甘いも知るから届けられる言葉「競技者としてカッコいい時間は限られている」
東京五輪まであと2か月。選手が抱えるのは、大舞台への純粋なプレッシャーだけではない。コロナ禍の開催に否定的な声も多く、心苦しさを持つ選手もいる。
【注目】育成とその先の未来へ 野球少年・少女、保護者や指導者が知りたい現場の今を発信、野球育成解決サイト「First Pitch」はこちら
本番までの期間、野口さんだったらメディアとどう接していきますか。「どうでしょうね……」。感染対策の必要性を踏まえた上で、選手たちの心情を慮りながら語ってくれた。
「(通常の五輪前より)取り上げられることが少なくなっているので、私だったら取材してくれてありがたい。毎日同じ顔のスタッフや選手がいて、ずっと変わらないトレーニングをして、寮や拠点の練習場にいる。そんな時に違う人が取材に来てくれると、新鮮な感じがして嬉しい。私はそれが凄く好きでした。
競技に集中したいとは思いますが、今の状況でポジティブに表に出ることは良いこと。集中を保つことと半々でメリハリも大切。私なら嬉しいです。撮影してくださるなら凄くカッコつけたでしょうし(笑)」
自身は北京五輪の前、ピリピリとした状態で受けた取材がマイナスに進んだ。もし、あの時に戻ったらどうなるのか。「どうしてもピリピリしていたかもしれない」と難しさを滲ませながら、過去の自分に寄り添った。
「あまり気しないこと。今だったら、カメラを構えられても『どんどん撮って』と思える。過去の自分に声をかけるとしたら『カメラなんか意識しなくていいんだよ』『最初の頃、取り上げてもらって喜んでいた自分を思い出せ』って言いたい。今、悩む選手がいたら? 『落ち着けー! 冷静になれー!』と伝えたいですね」
企業に所属し、多くの支援を受けている以上、メディア露出は避けて通れない。国民的注目を浴びた金メダリストは、酸いも甘いも知った。だからこそ、届けられるメッセージがある。現役選手にこう投げかけた。
「選手がメディアに取り上げてもらえる期間は短い。競技者としてカッコいい時間は限られています。あっという間に引退しないといけない時が来る。よっぽどのことがなければ、自分の一番カッコいい時をカッコよく撮ってもらってほしいと思います。話す時もしっかりと丁寧に答えてほしい。最近は解説者として記者会見の取材に行きますが、少し前の女子マラソンが低迷していた時期は曖昧でネガティブなコメントが多かった印象です。
スタートラインに立つ時に『自分が一番やってきたんだ』という自信を持って臨んでもらいたい。それはもう記者会見の時から始まっています。大風呂敷を広げようが、何だろうが言っていい。そういう自信は絶対にレースに結びつくと思います」
どうせならメディアを利用するくらいの気持ちでいい。自信に満ち溢れ、必死に戦う姿こそ最も輝きを放つだろう。
(取材は3月)
■野口みずき/THE ANSWERスペシャリスト
1978年7月3日生まれ、三重・伊勢市出身。中学から陸上を始め、三重・宇治山田商高卒業後にワコールに入社。2年目の98年10月から無所属になるも、99年2月以降はグローバリー、シスメックスに在籍。2001年世界選手権で1万メートル13位。初マラソンとなった02年名古屋国際女子マラソンで優勝。03年世界選手権で銀メダル、04年アテネ五輪で金メダルを獲得。05年ベルリンマラソンでは、2時間19分12秒の日本記録で優勝。08年北京五輪は直前に左太ももを痛めて出場辞退。16年4月に現役引退を表明し、同7月に一般男性との結婚を発表。19年1月から岩谷産業陸上競技部アドバイザーを務める。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)