なぜ、井上尚弥とドネアは抱擁できたのか 敗者の清々しい背中は死線を越えた証
ボクシングのワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級決勝はWBA&IBF王者・井上尚弥(大橋)がWBAスーパー王者ノニト・ドネア(フィリピン)に3-0の判定勝ちを収め、WBSS制覇を果たした。ボクサーは殴り合った直後に、なぜ抱擁できるのか。死と隣り合わせのボクシング。その醍醐味を伝えた36分間だった。
井上尚弥、36分間でドネアと交わした“拳の会話”「気持ちを凄く受け取った」
ボクシングのワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級決勝はWBA&IBF王者・井上尚弥(大橋)がWBAスーパー王者ノニト・ドネア(フィリピン)に3-0の判定勝ちを収め、WBSS制覇を果たした。ボクサーは殴り合った直後に、なぜ抱擁できるのか。死と隣り合わせのボクシング。その醍醐味を伝えた36分間だった。
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激闘の興奮が残っていた。試合後の関係者通路。WBAなど各団体の関係者、報道陣、スポンサー、各選手の陣営など多くの人でごった返す。終了のゴングから20分ほど過ぎた頃か。顔を腫らしたドネアが、井上の控室に入っていった。
数分後、扉が開く。中から優勝トロフィーを抱えた人が出てきた。その後ろについて現れたのが傷だらけの敗者。ドア周辺に立つ関係者や記者に目をやると「サンキュー!」と笑みを浮かべた。そして、トロフィーを運ぶ関係者を指さしながら「彼がチャンピオンだよ」と冗談を飛ばし、駐車場へと歩いて行った。清々しい背中だった。
敗れたはずのドネアが優勝トロフィーを持ち帰ったのは、2人の息子のためだという。試合前に約束した息子たちに対する優勝のプレゼント。「目に涙を浮かべ、イノウエに一晩だけ貸してくれとお願いした。自分のためではなく、自分の約束のために」と勝者に頭を下げた。2歳の長男を持つ井上は、快く受け入れた。
試合前から互いに敬意に満ち溢れた決戦だった。8月末の記者会見、試合10日前の公開練習、予備検診などの公式行事。両者の口から「尊敬」「敬意」などの言葉を何度も聞いた。ドネアにとって日本メディアは、いわば“敵陣営”。それでも、体重や作戦などナーバスな質問にも、いらだちを見せることもなく、答えられる範囲で真摯に対応。モンスター撃破への道筋がはっきりと見えているようでもあり、36歳が培ってきた経験値の高さ、懐の深さを感じさせられた。
モンスターとフィリピンの閃光。互いに相手を一発で葬り去る強打の持ち主。リング上で何発もの拳が顔面を捉えたが、両者とも立ち続けた。右まぶたから流血した井上の顔は赤く染まり、ドネアの顔も回を追うごとに紫色に腫れていった。海外メディアやファンからも称賛の声がやまない歴史的な36分間。最後のゴングが鳴った直後、両者は抱擁を交わした。一夜明け、井上はこのシーンを振り返った。
「あれがボクシングの醍醐味、良さかなと思う。ドネアを尊敬してやってきたので、試合が終われば関係なく称えようと思った。ドネアじゃないとこんな感動はなかった。ドネアには感謝の気持ちでいっぱいです」