周囲の批判は「どうでもいい」 稲本潤一が力説、W杯に挑む日本代表に伝えたいこと
カタールW杯でドイツ、スペインと対戦「正直、うらやましい」
2002年日韓W杯は、出場した3大会のうち、稲本が最も楽しめたW杯だった。だからこそ結果を残せたとも言える。稲本は、その経験から選手にはW杯を楽しんでほしいという。
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「最近はSNSが盛んで、嫌なこともあるし、批判もあるけど、日本代表なんでね。僕らもドイツ(W杯)で初めてシュート練習でブーイングされた時、そこまでするかと思ったけど、今はその当時以上に厳しい。でも、選手には楽しんでほしいと思います。ワールドカップやし、しかもドイツ、スペインと試合できるんですよ。周囲の批判なんて、どうでもいい。正直、うらやましいですよ。今から代表に戻りたいぐらいですもん(笑)」
W杯のような大会で上を目指すためには、快進撃のシンボルのような存在が必要になってくる。2002年の稲本、10年の本田圭佑……今年11月に開幕するカタールW杯で稲本のように相当の覚悟を持ってプレーし、20年間語り継がれるような選手は果たして出てくるだろうか。
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【第2回】日韓W杯で歴史的2ゴールも「活躍した印象ない」 稲本潤一が語る名場面誕生の瞬間
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■稲本潤一 / Junichi Inamoto
1979年9月18日生まれ、大阪府出身。ガンバ大阪の下部組織からトップチームに昇格し、97年に当時のJリーグ最年少記録となる17歳6か月でデビューを果たす。年代別日本代表でも頭角を現し、99年ワールドユース準優勝、2000年シドニー五輪出場を経てA代表の主力に成長。迎えた02年日韓W杯では2ゴールを奪い、日本のベスト16進出に貢献した。W杯には3度出場し、日本代表通算82試合5得点。クラブでは01年のアーセナル移籍を皮切りに欧州7クラブを渡り歩き、10年に帰国後は川崎フロンターレ、北海道コンサドーレ札幌、SC相模原でプレーした。今年1月から関東サッカーリーグ1部の南葛SCに所属している。
(佐藤 俊 / Shun Sato)