東京五輪前に考える「選手と報道」の距離 野口みずきが取材で味わった喜びと不信感
出場辞退から数か月、記者から隠し撮りも…「いいことも悪いことも書かれる」
以降もメディアに不信感を募らせる出来事が続いた。北京五輪が終わって3か月ほど経ったある日。朝練のために寮を出ると、駐車場に停まったタクシーから週刊誌の記者とカメラマンが降りてきた。「ちょっと聞かせてほしいんですけど」。シャッターを連写された。
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「凄くビックリして怖くなりました。隠し撮りもされていて。欠場を発表した時、監督と病院の先生がメディア対応をしてくださったのですが、私のコメントが欲しかったんですかね。改めて思いを聞きたかったようです。欠場から1か月ぐらいの時もあったんですよ。新聞社の記者の方が隠れて撮っていた。仲良くさせてもらっていた記者だったのでショックでした。面白い人やったのになぁって。しかもね、実際に載ったのは私じゃなかった(笑)。私と同じくらいの身長の後輩を間違えて撮っていたみたいです」
明るく笑いながらエピソードを明かしてくれた野口さん。以来、懇意にしていたその記者と会う機会はなかったという。
メディアの節度を持った取材は言わずもがな大切。野口さんは今となって「記者の方も仕事だから仕方ない」と受け止められるが、若かった現役時代にはできなかった。それでも、以降の選手生活でメディアとの付き合い方を変えることはなかった。不信感を抱いた後、どんなふうに心の折り合いをつけてきたのだろうか。
「私は引きずる性格じゃないので、いいこともあれば、悪いことも書かれるだろうなって思っていました。ファンの方からもそうですよ。お手紙でズキっとくるものもありました。私は『走った距離は裏切らない』が座右の銘。応援のメッセージが多かったけど、北京五輪を欠場した時に『練習のやりすぎで走った距離に裏切られたじゃないですか』と書かれていた。ショックでしたね。でも、そういう人もいるよなって受け流していました。
逆に少し強くなれたのかなと思います。今もエゴサーチをしちゃいますよ。悪い意見を見ることもありますが、みんなが同じ考えではない。いい意見もあれば、ネガティブな意見もあるわって。ネガティブなものを悪い方向に考えるのではなく『じゃあ直そう』といい方向に捉えています」
今はアスリートもSNSで自分の思いを発信でき、ネット上で不特定多数の人と触れ合える時代。プラスに働くことがある一方、ネガティブな声も目に入りやすい。試合結果に対する反応も届く。競技に悪影響を与えて悩む選手もいる中、野口さんは「だったらやらなきゃいいのに」と笑う。SNSを否定するわけではないが、違和感を覚えることがあるという。
「レース前でもSNSを扱う人が多い。記者会見では曖昧なコメントをするのに、なんでSNSでは大きなことを言えるんだろうと思うことがあります。いい方向に行けばいいのですが、競技をしている間はちょっと控えめにした方がいいのかなと。攻撃される時だってあるし、それでネガティブになるくらいならしっかり練習に集中すべきだと思います。
ちょっとした意見でも、みんながそう思っているんじゃないかとマイナスに考えてしまう子もいますよね。私も一瞬だけネガティブになる時があった。きつい練習を乗り越えても指導者があまり褒めてくれない時、疲れた体と心のバランスが崩れて『キーッ!』ってなってプチ家出をしたり。でも、部屋で一人で思いっきり泣いて、涙と一緒に嫌なものを全て出す。それで気持ちを切り替えました。マイナスなことがあっても一度冷静になるのがよかったと思います」