「引退する日まで精神安定剤を飲んでいた」 鈴木明子が自ら明かすメンタルヘルス問題
2014年ソチ五輪シーズン「引退するその日まで精神安定剤を服用していました」
いつも周りの選手たちがすごく強く、自信を持っているように見えていましたし、彼らと自分を比べては「なんで私はこんなに弱いんだろう」と感じていました。弱さは自分の「短所」。どこかに不安を抱えながら競技を続けていました。
その不安が爆発したのが、競技生活最後のシーズンです。2014年ソチ冬季五輪の出場をかけたシーズンでもありましたが、私は引退するその日まで、精神安定剤を服用しながら、スケートを滑っていました。
「五輪に行けても、行けなくても、このシーズンをもって自分は引退する」。そう決めたのは、ソチ冬季五輪のちょうど1年前です。
私にとってソチ大会は前回のバンクーバー大会に続く、2度目の五輪挑戦でした。報道や周囲の様子から「五輪出場」の期待の大きさが伝わり、バンクーバー前よりもはるかに大きなプレッシャーを感じていました。
しかも、競技生活、最後のシーズンです。代表選考で落ちた時点で、選手人生も終わり。後悔をしたくない、過去最高の状態に持っていきたいという強い想いも重なり、自分を追い詰めてしまいました。
結果、思うように調子が上がらず、五輪代表選考に関わるグランプリ(GP)シリーズで、満足のいく結果を残せません。そして、毎年出場していたGPファイナルへの出場権を逃してしまいます。
この結果にますます焦りと不安が強くなり、競技生活で初めて「眠れない」という状態を経験します。常に気が張っているため、横になっても「ぐっすり眠れた」という実感がなく、一方で電車のなかでストンと寝入ることもできませんでした。
また、眠りが浅いため、当然、心身ともに疲労から回復しません。すると練習内容も悪くなり、コーチからは厳しい言葉をかけられ、ますます追い詰められていく。そんな悪循環のなか、眩暈を感じながら滑っていました。