大会3か月前、初めて使ったピル あの五輪銀メダルの裏で26歳の三宅宏実が試みた月経対策
ロンドン五輪に向けて試みた月経対策「生理を言い訳にしたくなかった」
三宅さんは04年アテネ大会から08年北京大会の4年間が、選手としての転機だった、と話す。アテネでは、前年まで53キロ級からカテゴリーを48キロ級に変更。厳しい減量に苦しんだ時期だった。
「アテネでは最後の2キロがどうしても落ちなくて、すっごく苦しかった。その記憶があったので、北京大会に向けて、しっかり食べるということができませんでした。必要なエネルギーを摂っていないので、当然、お腹が空きますし、集中力を欠いたりもして、100%の練習ができなかった。体脂肪率も一時は9%まで下落ち、記録も停滞しました」
「このままでは勝てない」。北京五輪を4位で終えた三宅さんは、思いつく限りの敗因をノートに書き出した。「やらずして後悔よりもやって後悔。良いといわれるもの、できることをすべてやれば、どんな結果でも諦めがつく」。3度目の五輪となるロンドンに向けて、それらを一つひとつクリアしていった。
「食事はそれまでと発想を逆転。『しっかり食べて、その分、運動する』と決め、揚げ物以外は、制限するのをやめました。また、減量前の体重を50キロから52キロ増やしたんです。そうしたら、5年ぶりに1キロ、記録が伸びました。
たった1キロと思われるかもしれませんが、私にとっては希望を取り戻した瞬間です。5年間、来る日も来る日も、本当にこれ以上、記録が伸びるのかなという不安のなか練習していましたから」
ロンドン大会が迫るなか、もう一歩、何かできないだろうか? そう考えたとき浮かんだのが月経対策だった。
三宅さんは生理不順や痛みといったトラブルがほとんどなく、故にパフォーマンスアップのための月経対策を考えたことがなかったという。
「時には国際大会でぶつかり、うわー! この日にくるんかー! と思うこともありました。そんなときは、父には伝え、例えばアップの状態をみて、スタートの重量を低めに調整(重量挙げの試合では2種目それぞれ3回、試技を行える)するなどで対応していました。
また、生理を言い訳にしたくなかった。たとえ調子が悪くても、いかにベストの状態に持っていくか、と考えるのが当たり前でした」