女性コーチが増えない日本のスポーツ界 「女性は男性を教えられない」は先入観?
「男性じゃないと男性を教えられない」という先入観
井本「面白いですね。しかし、冒頭のデータを見てもわかるように、リオ五輪は14%、東京五輪では20%と、日本代表選手団の女性コーチの数はそれほど増えていません。女性エリートコーチが増えない理由は様々あると思いますが、私は女性側の心理的な部分も大きいのでは、と考えます。例えば競泳に関して言うと、私の周りでコーチになることに憧れる女性スイマーってほとんど聞いたことがないんですよね。それはなぜなのかな、と考えていて……」
伊藤「やりたくないのか、そもそも選択肢として思い浮かばないのか」
井本「いや、思い浮かんではいると思います。だって現役時代に見える選択肢のなかでは、指導者になる道が一番自然ですから。ところが引退後、子どもやマスターズのチームの単発のレッスンを行ったり、大学の授業で教えたりする元選手はたくさんいると思いますが、本格的にコーチになるために学び直す人は、女性ではほとんどいません。理由は、元選手や現役選手たちの意見を聞いてみないとわからないのですが」
伊藤「なりたくないと思う人だけでなく、そもそも選択肢として浮かんでこない人も結構いるのではないか、と思います。選択枠に挙がらない理由は、トップアスリートの指導現場に女性のコーチが少ないため、『ここは自分の仕事場ではない』と感じてしまう。結果、いつまで経っても増えないという負の連鎖が生まれているのではないでしょうか。ただ、日本スポーツ協会(JSPO)の資格獲得者を見ると、女性コーチの割合が一番多い競技は、恐らく水泳じゃないかな」
井本「ええ!? そうなんですか?」
伊藤「水泳の場合、ジュニア選手のレベルでは女性コーチの割合が高いようです。競技レベルの低い現場は女性コーチが多いけれど、レベルが高くなると男性のコーチばかりになるという現象が、顕著に表れるのが水泳ではないかなと思います。あとは、アーティスティックスイミング(AS)があるので、女性コーチの数が統計的に多くなるのもあると思います。他の競技はもっと男社会ですよ」
井本「なるほど。東京オリンピックの日本選手団の20%という数字も、ASや新体操など、女性だけの競技で女性コーチの数を稼いでいるのかもしれません。そこは分析の必要がありますね」
伊藤「男女一緒に行う競技での割合や、男性アスリートを指導している女性コーチがどれだけいるかも分析するべきですよね。今はまだ、男性じゃないと男性を教えられない、そのレベルを経験したことがない人にはコーチングできないという先入観は、すごく強いと思います。つまり、これは想像ですが、女性には男性のことを教えられないんじゃないか、という先入観もあるのではないでしょうか。でも、現役時代は名選手でなくても、素晴らしいコーチは間違いなくいるはずですから」
井本「それは間違いないですね。逆に、名選手が名指導者になれるとも限らないですし」
伊藤「コーチとは、ちょっと後ろに下がって全体を見渡し、計画を立てたり、コミュニケーションを取ったりと、全体をマネジメントしながら、選手たちのパフォーマンスをアップさせていく仕事です。それをわかっていれば、女性が男性チームの監督になってもOKのはずですが、実際にはそうはならない。やはりそこには、選手と同レベルの競技経験のある男性コーチがつかないといけないと、思い込んでしまっている部分はあると思います」
井本「確かにそこに、アンコンシャスバイアスはありそうですね。女性エリートコーチが増えないもう一つの問題は、家庭内の役割分担にあると思います。スポーツは学生もプロもアマも、週末に試合があったり、遠征があったり、合宿を組んだりと、どうしても家を空けることが多くなります。そういう意味で、特に子育て世代には、家庭の理解がないとなかなかコーチを続けるのは難しいのではないかと感じます。私自身にもバイアスがあって、『あんなに土日は試合ばかり、休みの期間は合宿ばかりで家にいない仕事は、男性にしかできない』などと思ってしまっています」